FC2ブログ
セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

客観的な世界と主観的な世界
 ぼくらの世界には,客観的な世界と主観的な世界があります。

 小学生の教科書に「ごんぎつね」が載っていますね。

 多くの人が知っているでしょうが,念のためにあらすじを

 ごんぎつねは,いたずらばかりしていました。
 ある日,ごんぎつねは,兵十(ひょうじゅう)のつかまえたさかなやうなぎを逃がします。
 十日ほどたったある日,兵十の母親の葬式に出合います。
 そこで,ごんぎつなは,あのうなぎは兵十が母親のためにとったもので,自分が逃がしたためにお母さんが亡くなったのだと反省します。
 ごんぎつねはつぐないとして兵十の家にくりや松茸を置くようになります。
 兵十は,それは神様があわれんでやったことだと思って,神様にお礼をします。
 またしばらくした日,ごんが家に入って行くのを兵十が見つけます。またいったずらだと思った兵十は,火縄銃でごんを撃ちます。

 兵十はかけよってきました。うちの中を見ると,土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。
「おや。」
と,兵十はびっくりして,ごんに目を落としました。
「ごん,お前だったのか。いつも,くりをくれたのは。」
 ごんは,ぐったりと目をつぶったまま,うなずきました。


 ちょっと長くなってしまいました。

 客観的世界と主観的世界の話です。

 客観的世界では,くりや松茸を持ってきたのはごんです。

 しかし,兵十はそれを知らない。だから,神様がやったのだろうと思う。これは主観的世界です。これはある意味でしようのないことです。客観的世界を知ることができないのですから,「~だろう」ということで世界を作り上げるしかないのです。

 ぼくらはどちらかと言えば,主観的世界の中で生きています。だから,兵十は神様にお礼を言ったのです。兵十にとってはくりをくれたのは神様なのですから,当然です。

 しかし,最後にごんがやったことだと知ります。つまり,ここで主観的世界が客観的世界と同じになったのです。一致したのです。

 これが認識できたということです。

 さて,神がいると思っている人がいます。またぼくのようにいないと思っている人がいます。これはどちらも主観的世界です。問題は客観的な世界には神がいるのか,いないのかですね。どちらかは主観的世界と客観的世界が一致しているが,一方は一致していない。

 これを考えるときにいつも思い出す歌謡曲の一節があります。西田佐知子の「東京ブルース(?)」です。古いですね。
 
 どうせ,私をだますなら, 死ぬまで,だまして欲しかった


 その女性はだまされていた。つまり,主観的世界と客観的世界が不一致だったのです。ある日,だまされていることに気づいた。一致したのです。

 しかし,それが一致したら不幸せが訪れたのです。

「知らない方がよかった」

 ぼくらは 主観的世界と客観的世界が一致する方向で普通努めますが,一致すれば幸せになるとは限りません

 ぼくは神はいないと思っている。しかし,いないと思った方が幸せかというとそうとも限らない。心の平安というのは,だまされていた方がいいということもあるからです。

 前に宗教の力はすごいと書きました。癌を宣告されても,平安を保てるひとがいる。これはすごいことだと思います。マザーテレサのような行いも宗教のなせるわざなのだろうな,とも思います。
関連記事
スポンサーサイト




Comment

 秘密にする

コメントありがとうございます
 ヒカリさん,コメントありがとうございますヒカルさん。
 「ごんぎつね」の例は,いい例だったな,と自己満足しているところです。
Yoji | URL | 2008/06/19/Thu 11:03[EDIT]
お礼
ブログでご自身の見解をはっきりと述べられるYojiさんを尊敬いたします。

ぼくは神様を信じています。
客観的と主観的のお話をありがとうございます。
ヒカリ | URL | 2008/06/19/Thu 06:10[EDIT]
Track Back
TB*URL

Copyright © セルフ塾のブログ. all rights reserved.