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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

「死」を受け入れること
 犬の梅子が 危篤状態になったとき、 「死」について改めて考えました。

 大分前にこのブログで書いたことがあり、ダブルところもありますが、 また書きます。

  僕らは 犬は梅子1匹だけですが、 猫は数え切れないほど飼ってきました。 ほとんどが 捨て猫で、塾や家に迷い込んで来た猫たちです。梅子もそうです。

  それらの猫たちは、行方不明になったり死んだりしました。

 20年ほど前、ぼくが40歳のころです。「 ねね」と言う名の猫がいました。 豊臣秀吉の正室の名前からとりました。 最近はよく「おね」と言っていますね。

  そのねねも迷い猫で、 生まれたてという感じで、とても小さく 毛が長く、ふわふわしていて、鼻は ぺちゃんこでしたが、 可愛い顔をしていました。

 そのねね が 猫白血病にかかったのです。 動物病院に連れていっても治療法はないとのこと。病状は進みましたが、 手のほどこしようはありませんでした。 僕らはただ黙って 死んでいくのを見守るだけでした。無力感をつくづく感じました。

  そして ぼくの腕の中で死にました。
 ぼくは、何ヶ月も 何ヶ月も ねねのことを思って しょげていました。落ち込んでいました。心に穴があくとかいうのはこういうことなんでしょう。

 今振り返ると 僕はねねが死んだことを受け入れることが まったくできていなかったのです 。もちろん、頭では生き物が死ぬことは自然なことなんだ、ということは知ってはいました。 でも 感情的にはそれを受け入れていなかったのですね。


  なんとか時間が解決して、立ち直りました。その後 何匹も猫を失ってきました。 そうするうちに 徐々に生き物が死ぬということは 自然なことなんだということを 受け入れることができてきたように感じます。

  もちろんこれまでかわいがっていた猫がいなくなることは、悲しいことですし、 寂しいことです 。

 しかし、 これまでの生活が これからも同じように続くということはありえないことなのです。
  生き物にとって死ぬことは 自然なことなんだ ということを、頭だけではなく体でも、心でも大分受け止められるようになってきたように感じます。

 この年齢になると、僕らの親の世代はだいぶ少なくなりました。 同期生たち、同じ世代の仲間がなくなっています。

  死ぬということは当たり前のことだというのを受け入れるということが 気持ちを楽にして くれるのですね。 人生経験であり、年齢でもあるのでしょう。
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