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読谷山の織物( 読谷山花織・読谷山のミンサー) 戦後50年の歩み(2)
 Kyokoの母(曽根美津子)が 読谷 山花織復興に関わっていたということで。
読谷山花織センターに掲げられた
読谷山の織物( 読谷山花織・読谷山のミンサー) 戦後50年の歩み
を紹介しました。

 読谷山花織工房の壁にはもう一つ掲げられています。それをきょうは紹介します。功労者の名前などが書かれています。

 「読谷山の織物(読谷山花織・読谷山ミンサー)戦後50年の歩み」

1945年(昭和20年)上地ウシ、松田ウシ、知花カメ、比嘉ウト、松田カマ(花織技術を記憶)
1964年 上地モウシ(記憶をたよりに、地機で緯浮織を試織)
 与那嶺貞(地機による緯浮織を高機で復元)
 松田ウシ(手巾、ミンサーの復元に協力)
 比嘉文江(手巾、ミンサーの復元)
 絹糸、毛糸
 南風原産地に染色を依頼(藍染、化学染料)
 地色(紺地)・ 紋糸(白、黄、赤)・ 花織、縞を併用
 緯浮織・ 手花織・ クーシ花織・ 高機、糸車
 花織手巾・ 読谷山ミンサー・読谷山花織着尺地
1971年 植物染料、藍染、化学染料の技術習得
1974年 与那嶺貞(県功・叙・名・県無形)
   絹糸を使用
1976年 染色は組合で行う(各種植物染料、藍染)
    地色に茶色・ベージュを用いる
    紋糸の色調が豊富
    帯地
1977年 花織、縞、絣
    緯絣
    経絣、テーブルセンター
1982年 糸操機、ネクタイ
1989年 洋装地
1990年 島袋秀、比嘉恵美子、池原ケイ子、比嘉マサ子(県無形)
1991年 絵羽模様、絵羽織物
1993年 伝統工芸士7名



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