セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

学習塾は救いの場になっているか
 岩波新書 宇沢弘文著「日本の教育を考える」 204ページから引用します。


 学校がすでに、 大部分の子どもたちにとって、苦痛以外の何物でもなくなってしまったとき、 予備校や塾の方がずっと生き生きとして、子どもたちにとって楽しい場を提供し、 ある意味では 子どもたちにとっての救いの場という役割をはたしてきたことも事実です。

  特に受験産業の競争的な条件の下で、予備校や塾には、受験生に対する深い愛情をもって 教え方もうまい数多くのすぐれた教師が集まったことも事実です。


  僕は、学習塾の人間だったのですから、これを読むと嬉しいですね。

  さて それが本当のことなのかどうか。

  僕は学校の現場を知っているとは言えません。 また ほかの塾のことも知りません。
 それについて、語る資格はないのかもしれません。それでも考えてみます。

 聞くところによると、 今の学校は 大分窮屈だ ということです。
  勉強を教える以外にいろいろとやることが多すぎるということも聞きます。

  また、教える内容、教え方も色々制約されているのかもしれません。

  ただ 学習塾では、教えることに完全に集中できるかというと そうもいえないでしょう。

  学校とは違うでしょうが、 塾も勉強以外にも色々やることはあります。

  僕は塾長で、経営者だったのですから、まず 生徒を集めるということも考えなければいけません。 ほかの塾ほど熱心にはしませんでしたが、 やっぱり頭にはありました。

 また 雑用もそれなりにありました。 学校では教師の数も多いので 手分けしてやったのでしょうが、 小さな塾ですから、いろんなことをすべて 自分でやらなければいけませんでした。

  備品が壊れたら直すのも僕です。大工作業、や電気工事もやりました。
  業者をお願いするときも 自分でお願いしなければいけません。

  そういう意味では教えることにまったく専念できたわけではありません。
 教師であり、経営者であり、雑用係でもあったのです。

  また、学校の成績を あげる ということも塾の使命なので、学校の進度と無関係にやってきたわけではありません。

  ただ 言えることは、 自分のやりたいように教えることができたということです。

  セルフラーニングでやってきましたが、 それを学校で行うのはかなり難しかったのではないかと思います。

  そういう意味では自由にできました。子どもたちに寄り添いながら、学習をさせてきたつもりです。

 そういうことを考えると、少しは子どもたちの救いの場になっていたのかな、という気もしますね。
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