セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

自己流で解いていると、壁にぶつかることが
 前の記事にコメントをいただきました。

 それに対する回答をここに書きます。

ぼくは、自分なりに工夫して、問題を解くことは大切だと思っています。
 確かに、100×3は間違いではありません。

 だから、分数のわり算を習っていないときに、100×3という式を立てたら、無条件でほめてあげるでしょう。

 しかし、分数のわり算を教えた。しかし、問題文では1/3が与えられているのに、100÷1/3 ではなく、100×3 という式を立てた、ということは、分数のわり算を理解していないということです。
 逆に言えば、ぼくら指導者がその子が十分に理解できるように教え込んでいないということです。

 分数のわり算の意味はきちんと理解して欲しい。だからこそ、100÷1/3 という式を立てるように指導しなければいけないのです。

 まだ1/3程度ならいいのですが、帯分数のわり算が出てきたときに、壁にぶち当たってしまいます。

 分数のわり算というのは、先人が築き上げた合理的な方法です。それを素直に学んで欲しい。それも理解した上で 100×3 という式を書いたときには、賞賛して、文章中の1/3の式も添えてくれ、と言いましょう。

 「15分で30km進む。時速は?」 を 30×4 で解いたのは立派です。ほめてあげたい。

 しかし、 この子は、30÷15/60 という式の作り方を教わったのにもかかわらず、30×4と作るということは、それを十分に理解していない可能性が強いです。

 それもできるが、30×4 にしたならまだいいのですが、そうでないなら壁にぶち当たってしまいます。

 「x分で30km進む。時速は120km」 を方程式にするとき、30÷15/60を理解していなければ難しいです。

 15分なら4倍、45分なら3で割って4倍、40分なら4で割って6倍、35分なら7で割って12倍、13分なら13で割って60倍、a分ならaで割って60倍、つまり、a/60で割る。


 というように思考を自分で進めることができるのなら、いいです。立派です。
 でも、そこまで理解できないままで、自己流で問題を解いていると壁にぶち当たります。そういう生徒を自分でよく考えているから、ということで指導しないのは、指導の放棄です。
   
21人がクラスの60%に該当する。クラスの人数は?
を、21÷3=7 7×5=35 と求めたのおもしろいですね。よく考えたものです。
問題の意味はしっかり理解できています。
それだけ考えたことは、十分にほめるに値します。

でも、その子は
 21÷(60/100) で解く方法を理解していない可能性が高い。理解できるまで教え切れていない可能性です。

 新しい知識を学ぶとき、それが理解できないときに、これまで学んだことをフル活用して解こうとしていることがあるのです。
 それでも解こうとがんばるのは立派です。ほめてあげたい。

 特にテストのときにはそうです。
 テストのときには、泥臭い方法でもいいから、とにかく工夫して解け、とぼくは生徒によく言っています。
 しかし、学習においては、できるだけスマートに解くように指導しています。

 スマートというのは、先人が考え出した合理的な方法です。それよりもさらにいい方法を自分で編み出しているのならもちろんいいです。すばらしい。

 例えば、「1人3個のあめ玉を集めたら12個になった。何人があめ玉を持ってきたのか」という問題で、 式(3×4)  答え(4人) とする子がいます。

 この子の頭の中では、3×x=12 という方程式をつくり、解いたのでしょう。でも方程式を作る力はもちろんないので(3×4)とすると12になるから、ということで考えたのです。

 考え方に間違いはありませんね。それなら、式は(3×4)でいいのでしょうか。

 この子は、わり算の概念ができていないので、かけ算で解いたのです。
 わり算という方法を教えてあげなければいけません。

 ちょっと勘のいい子がいました。
 中1になり、方程式を学びます。

 でも、両辺を同じ数でわる、移項する、ということは教わっても、それは使わずに自己流で解いていました。
 適当な数を代入するのです。

 「3x+5=11 xは?」、というとき、勘を働かせてxに2を代入し、
 3(2)+5=11 成り立った、だからx=2 のように。

 間違いではありませんね。よく考えたものです。

 でも、解が分数になるような方程式になると、パニックにおちいて、「こんな問題が解けるはずがない」と怒っていました。壁にぶち当たったのです。

  新しい知識を学ぶとき、それが理解できないから、既知のもので代用するという場合は、新しい知識をきちんと教えるべきです。
 それをしないのは、指導の放棄です。
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Comment

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Re: 掲示板に、私の意見のまとめを書きました。
ぼくは、あなたの発言は、
「よりよき算数・数学教育とはどうあるべきか、ということからの発言」
だとは思われません。

 ぼくの意見を素直に聞くという態度ではなく、ぼくをやりこめよう、そして、自己弁護をして、自分の意見に従え、というふうに感じます。

 だから、これ以上かかわりあいたくない。
 それで、今後のあなたのコメントは削除することにします。
selfyojji | URL | 2016/05/09/Mon 09:06[EDIT]
掲示板に、私の意見のまとめを書きました。
>これ以上の意見交換は不毛だと思います。
 それで、ぼくはこの意見交換を終わりにしようと思います。

とのことなので、私の意見のまとめを↓に書きました。
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t83/13

かなり厳しいことを書きましたが、selfyojjiさんへの人格攻撃が目的ではなく、あくまでよりよき算数・数学教育とはどうあるべきか、ということからの発言であることはご理解ください。

 今後もこのブログに関して、私が管理している掲示板やツイッターで論評することがありえますが、「ぼくはこの意見交換を終わりにしようと思います。」とのことですので、逐一ここに報告することはしないつもりです。報告したほうがいいのであればその旨おっしゃってください。

 お付き合いいただきありがとうございました。
積分定数 | URL | 2016/05/09/Mon 02:21[EDIT]
比の感覚
「比の感覚」とはここでは、50分で10km進んだときの時速は?という問題に対して,
10分で2kmだから1時間では6倍で12kmと出すような1あたりの量を求めるのに分数の割り算を回避して求めるような感覚のことです。だからここで出しました。50/60で割ってという公式をすぐ持ち出す児童は日常生活で、そのような場面に出くわしても考えようとしない傾向にあります。まあ経験測に過ぎないですけど。
りーさー | URL | 2016/05/07/Sat 22:06[EDIT]
>ぼくには、自分の主張を証明するデータは持ち合わせていません。積分定数さんもそのようです。
 お互いに自分の思いで語っています。
 これでは、かみ合うことはないでしょう。

そんなことはありません。私の主張は仮に「100×3」とする子は分数の割り算を理解していない可能性が高いとしても、「100÷1/3」と書かせるように指導する必要はないと言うことです。

 分数の割り算を理解していなければ分数の割り算を教えればいいだけのことです。

分数の割り算を理解しているかどうかを、「1/3個で100g、1個では?」を100×3とするか、100÷1/3とするかで判断したり

分数の割り算を理解させるために100÷1/3と書かせることに意味があるとは思えません。


この主張は、仮に「100×3」と書く生徒の100%が分数の割り算を理解していなくても成り立ちます。

その子が「100÷1/3と求めてはいけない」と思っていたら、「そんなことはない。」と教える必要はあるのでしょうが、「100×3とするべきではない」とする必要はないでしょう。


>これ以上の意見交換は不毛だと思います。
 それで、ぼくはこの意見交換を終わりにしようと思います。


了解しました。


>壁にぶつかるような問題を出せばいいのではないですか?


これに関して、私も同感だし、実際に作るのは難しくありません。もし実際に作るのが難しいとするなら、壁にぶつからないことになり、selfyojjiさんのこのブログの主張と矛盾することになります。

 等差数列の総和の公式を習った後に1+2+3をやらせて公式を使わなかったからと言って、理解していないと見做したり公式を使うように指導するのは馬鹿げています。

 1+2+・・・・・+1000 と言うような問題を出すべきでしょう。

分数の割り算を教える必要があるのは、分数の割り算が必要な状況があるからでしょう。だからそういう問題を出せばいいのです。

1/3個で100g、1個では?

では分数の割り算を使わないで難なく解けてしまうので、分数の割り算の必要性を感じさせるのは無理でしょう。
積分定数 | URL | 2016/05/07/Sat 20:59[EDIT]
Re: タイトルなし
 壁にぶつかるような問題を出せばいい・・・いい考えですね。実際に作るのは難しいでしょうが、悪くないアイデアです。
 比の感覚を持っていた方が日常生活で役に立ちます。
 ぼくもそう思います。比は大切です。でも、なぜここでそうれが出てくるのか。
 沖縄の教育現場についてはぼくは知りません。ぼくは自分のペースでやってきたので。
 失敗から学ぶことが多い、これに対して異論はありません。

selfyojji | URL | 2016/05/07/Sat 18:50[EDIT]
Re: タイトルなし
 一応、読みました。
 さて、
 ぼくは、初めて学ぶことを、これまで学んだ知識で自分なりに考えて解く生徒は初めて学ぶことを理解していないことが多い、と言う。
 一方、積分定数さんは、そううではない、理解している生徒が多い、という。
 ぼくには、自分の主張を証明するデータは持ち合わせていません。積分定数さんもそのようです。
 お互いに自分の思いで語っています。
 これでは、かみ合うことはないでしょう。これ以上の意見交換は不毛だと思います。
 それで、ぼくはこの意見交換を終わりにしようと思います。
selfyojji | URL | 2016/05/07/Sat 18:44[EDIT]
しつこいようですが、「自己流で解いていると壁にぶつかる」というのであれば、壁にぶつかるような問題を出せばいいのではないですか?
既知のもので代用出来ない問題を出せば済むことです。その上で相手が新しい方法が有効であることを納得させるというのではいけないのでしょうか? それに前にも書きましたが、比の感覚を持っていた方が日常生活で役に立ちます。日常生活で使える場面が多いということは学校や塾以外でも学習を続けていることになります。紙と鉛筆がないから計算出来ない、しない、という状況にしてしまってはいないでしょうか?

もう一つ。沖縄の教育を見ていて思うにですが、沖縄では先生が生徒に失敗させないように、予め全てを教えてしまうことが多いようです。ちこれは、小中高すべての学校でその傾向が見られます。ちょっとした応用問題があったり、今迄の手法が通用しない問題が出て来ると、すぐにそれへの対処法を教師が教えてしまうという場面を目にします。私は若いころに本土の塾や学校で教壇に立ったことがありますが、上司から「そういう間違いやすいポイントを事前に説明してはダメだ。わざと間違えさせろ」という指導を何度か受けました。壁にぶつかる経験が無ければ教わったものもすぐに忘れてしまいます。
りーさー | URL | 2016/05/07/Sat 18:30[EDIT]
論点がいくつかあり、長くなったので私の考えを↓に書きました。
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t83/l50?
積分定数 | URL | 2016/05/07/Sat 16:44[EDIT]
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