セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

「虎瀬山」(とらじやま) から首里城を見る
 きのうは
弁ヶ嶽ツアー、首里高校同期生仲間と
を書きました。

 弁ヶ嶽からも首里城は見えます。でも、かなり遠い。

 末吉くんが、首里城を見るならもっといい場所がある。時間があるので、そこに行こう、

 ということで、虎瀬山(とらじやま)に連れてきてくれました。

 途中に歌人佐藤惣之助(さとうそうのすけ)の歌碑があります。
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「しづかさよ 空しさよ この首里の都の宵のいろを 誰に見せやう 眺めさせやう」

 末吉くんによると、以前は首里城の近くにあったそうです。琉球大学の学生だったTくんらはよく知っていました。それを聞いて、琉大は首里城内にあったことを思い出しました。

 上まで上りました。

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 首里城はいい角度で見えるのですが、木に邪魔されています。枝の間から見る感じ。枝がなければいいのに。
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 次はトリミングしたもの。
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 虎瀬山の説明板がありました。
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 首里城の北北東に位置する、首里赤平(しゅりあかひら)町の北沿いに延びる標高約130mの琉球石灰岩の丘陵。頂上の岩石が虎の頭に見えたことから、虎頭山(トゥラジヤマ)、虎山(トゥラヤマ)とも表記され、遠くに海を見渡せる景勝の地として知られる。
 琉球王国時代、松の生い茂る虎瀬山には「虎瀬ヌ御殿(トゥラジヌウドゥン)」と呼ばれる小規模な別邸(創建年不明)が造られ、王家の遊覧地となっていた。虎瀬山の景観は「首里八景(しゅりはっけい)」の一つ、「虎山松涛(こざんしょうとう)」と謳(うた)われ、「松」・「月」を歌題に虎瀬山を謳った詩歌が多く残された。
 廃藩置県(1879年)の後、「虎瀬ヌ御殿」は廃され、沖縄戦(1945年)で虎瀬山の松林も焼失した。戦後丘陵の東側及び周縁部は削られ宅地化されたが、1982年(昭和57)に頂上一帯が整備され「虎瀬公園(とらせこうえん)」となった。
 園内に建てられている歌人佐藤惣之助(さとうそうのすけ)の歌碑は、1959年(昭和34)に琉球大学敷地内(現首里城)に設置されたが、首里城復元にともない1992年(平成4)にこの地に移設された。


 ちょうどいい時間になったので、ふれあい居食家志乃ぶに場所を変え、飲んだり、食べたり、話したりで楽しみました。

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