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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

無意味な「なぜ」
 リチャード・ドーキンス著「遺伝子の川」から 引用します。

  目的意識という古くからの誘惑が激しく吹き出すのは、悲劇に襲われた -- まさに「襲われる」というその言葉こそアニミズム的な思考を反映している -- 時である。
 「なぜ、いったいどうして、癌 / 地震 / ハリケーンに、我が子が襲われなければならないのか」



  これはよく聞き、よく目にしますね。

 西日本豪雨では、多くの人が死にました。
 「なぜ私の息子(娘、父、母・・・・)が 死ななければいけないのか」と思った人も多いと思います。

  2011年の東日本大震災が起こった時、「なぜ私の 〇〇が・・・・」と思った人も。

 その他、
  「なぜ私が癌にならなければいけないのか」 というのも。

  2011年東日本大震災の起こった年 の12月、甥が25歳で亡くなりました。
 僕もなぜ彼がと 思いたくなる気持ちはありました。

  でもそのなぜに答えはありません。

 東日本大震災の時だったと思いますが、作家の瀬戸内寂聴さんが「なぜこういう悲劇を自分が受けなければいけないのか ということに答えはない」と語っているのをテレビで見ました。とても感銘を受けたのですが、テレビの映像は流れていき、メモはないので正確ではありません。

 何か本があればと読みたいと思います。誰かそのようなことの書いている瀬戸内寂聴さんの本を知っていたら紹介してください。

 仏教でも、そのなぜの答えはない というのを教えているのですね。

 「なぜ私が」と考えてもしょうがないのですが、人間はそのなぜを問いたくなるのですね。

  そこで、前世で悪いことをしたからとか、祖先が悪いことをしたから、そのたたりだ、という風に考える人もいます。

  沖縄では何かが起こると、ウグヮンブスク(御願不足)(お祈りが不足している)という風なことをよく言います。ぼくも冗談では使います。

  それでは 解決しないのです。
 その「なぜ」は無意味なのです。でも、人間はそれを問う習性のようなものを持っているのですね。

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