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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

神の天地創造も人間の知的好奇心が生んだもの
 昨日は「無意味ななぜ」を書きました。

  無意味と書きましたが、本当は人間にとって「なぜ」と考えるのはとても大切なことです。
  なぜだろうと考える知的好奇心があるから人間は発達してきたのです。

  そしてその知的好奇心が神が天地を創造したという神話を作り上げたのです。

  テレビでミステリー番組をよく見ます。
  殺人事件が起こります。 誰に殺されたのか、なぜ殺されたのかを刑事たちが追求しますね。

  最初の段階では、 事実、証拠が不十分です。それでもその中で 容疑者を考えていきます。Aが殺したのではないかと。

  これはあくまで仮説です。集められた事実がまだまだ十分ではない。
  さらに 証拠を集めて行きます。 アリバイを確認し、 そして B が犯人かもしれないと考える。そこでもまだ 仮説です。

  そのうちに事実、証拠が固まって、そして犯人を特定するというものです。

  このようにして事実を集めていくことで、仮説が真実になるのです。

  雷が空から落ちる。なぜ落ちるのか。人間は考えざるを得ない。そのような習性があるのです。

  しかし昔はそれを 明らかにするほどの 知識がない。
 それで想像して、雲の上にカミナリ様がいて、それが 雷を落としているんだと考える。 想像ですね。まったくの 仮説でしかない。

 この世はどのようにしてできたのだろうかと考える。それが分かるほどの科学は昔は進歩していません。

 それで想像して、創造主である神を考え、その神がこの世を作り、そして人間も作ったと考える。
  多くの国、地方でそのような神話が あります。
  それはあくまでも仮説でしかないのです。

  事実が十分に集まらないのに、 A が犯人だと決めつける。そしてそれを刑事が信じ込むので、さらなる事実を集めようとしない。そして、自白を強要し、冤罪につながっていきます。

  神話も事実をもっと集めようという努力はせず、それを信じ込むだけだと、そのまま神話の方が真実だと信じ続けます。 科学的な 進化論を考えようともしなくなる。そう僕は思っています
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