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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

文化,情報の共有と言葉
 昨日書いた「火星人と金星人のつきあい」のことで,

 日本人は農耕民族,西欧人は狩猟民族で,それによって考え方が異なるために,言葉の重要性も異なるのではないかというコメントが載りました。

 それについてのぼくのコメントです。



 付け加えると,日本が島国だったこともあると思います。

 島国だったために,文化が全国的に似通っていることです。沖縄はだいぶ異なりますが。

 文化が似ているために,考え方も似てきます。

 ヨーロッパでは,地続きなので,いろんな文化をもった人とつき合わなければならない。だから,同じ土俵に立っていないことがあるのだそうです。

 だから,きちんと契約をしないと相手を信用できない。言葉がそれで重要視されてくるのですね。

 でも,日本人は考え方がだいたい似ているので,言わなくても分かるところがある。以心伝心です。

「そこまで言う必要はないよ」と,言葉に出してしまうとかえって野暮になることもあります。

 西欧人は一日に一回は妻や恋人に I love you. を言うそうです。
 ぼくは以前,日本男児がそんなこと言えるか,とどこかに書いた記憶があります。そんなのは言葉に出すものではないと思っている。

 文化,情報を共有していると,代名詞だけで話が通じてきます。

 「あの人が,あれはこうしなさいって,さ」
 で聞いた人が理解することもありうるのです。

 「お茶」「風呂」「めし」だけでも通ってしまう。

 しかしそれを共有していないと何のことかまったく分からなくなります。

 問題は,文化,情報を共有しているつもりが,していなかったときに起こります。

 子どもと話をしていると,きゅうに
「○○おじちゃんがね」
 と急に知らない固有名詞が出てくることがあります。

 その子は家族の中で会話するときは「○○おじちゃん」で通じるものですから,家族でない人にも通じると思ってしまうのです。
 子どもの自己中心性あらわれでもあります。

 相手の立場にたって,相手は自分とどのくらい情報を共有しているのかをはかりながら話をしなければいけないのですね。

 難しい。ぼくもできているかどうか。

 「お茶」「風呂」「めし」だけで十分だと思っている男,
 I love you.なんて日本男児が言うものではないと思っている男,
 それが,実際は妻はまったく異なったように感じているかもしれないですからね。
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