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そのままぼくの部分を転載しても意味が分からないだろうと思うので,いま思っていることを書きます。
ぼくは,教師と生徒,親と子は,たての関係でないと指導ができないと思っています。
ところが心理学者のアドラーは,上下関係を否定しています。どんな子どもとでも「よこの関係」であるべきだと主張します。
でも,「アドラー心理学入門」に次のような記述を見つけました。(p91〜92)
私は大学でギリシア語を教えています。毎年、教科書を選ぶのですが、ギリシア語については、私は専門家ですから、かりに学生が「先生、この教科書は練習問題が少ないですから、これを使いませんか?」と申し出ても、おそらく断るだろうと思います。学問的にも教育的にも学生にとって最善の教科書を選んでいるのですから専門家の私としては譲ることはできないのです。
しかし、どんな仕方で講義をするかについては、学生と相談します。講義形式なのか、それとも、学生が発表するという演習形式にするのかは、学生との相談の上で決めてもいいと思います。教師と学生は「同じ」ではありませんが、人間としては「対等」なのです。
これなら理解できます。たぶんアドラーは,人間として対等だということをとても重要視して「たての関係」を否定しているのでしょう。
教える側としてはどうしても譲れない線はあります。それをとっぱらうと教えることができなくなると思います。
なお,ぼくにとっては「どんな仕方で講義するか」,それも譲れない線です。セルフラーニングがいいと思ってやってきているので,それを生徒が一斉授業にするといくら主張しても譲れません。
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