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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

進化とはなんだろうか


 よい本です。進化について具体的な例をもって説明しています。詳しく学べる本です。
 ぼくの関心のあることから抜粋します。


 生命はこの地球上にたった1回だけ出現しました。いま現在見られる何百万という種、過去に絶滅してしまったものを含めれば億の単位に近い種は、すべてが、最初に出現したーつの生き物から変化してできたものです。(p12)


 DNAの塩基配列がアミノ酸を指定している、いわば暗号のような三つ組文字(中略)は、ごくー部の単細胞生物を除いて、すべての生き物に共通です。このことは、遺伝子の暗号に関して、ごくー部に方言があることを除いて、地球上のすべての生き物が同じ暗号を使っているということを意味しています。この地球上に何百万の種があろうと、それらがすべて同じ遺伝暗号を使っているということは、生命の誕生がー回しかなく、すべての生物が共通の祖先から由来していることを強く示唆すると言えます。(p29)



 これは知らなかったです。何となく,大昔の地球は生命が誕生するのに適した環境であり,その中で生命がいくつも誕生したと思っていました。それが,一回しか生命の誕生はなかったというのはおどろきです。本当に偶然の偶然が生命を生み出し,私たち人間もそれによってここに存在しているのです。

 そのーつは、自然淘汰が、適応を生みだすうように「目的をもって」働いているという誤解です。自然淘汰が働く大前提は,生き物の間に遺伝的な変異があることです。それらの変異の中のあるものが、他のものよりも環境に適しているとなると、自然淘汰が働きます。しかし、そもそも生き物の間に存在する変異は、環境とは無関係に生じてくるものです。変異は遺伝子の配列に生じるものですが、遺伝子は、まわりの環境がどうなっているかなど知るよしもありません。(p50~51)


 このことをぼくはよく知っていました。しかし,周りにはそれを知らない人がとても多いです。そのような人と話をしたりするときに使えそうなので,ここに残しておきます。


もうーつ、よく見られる誤解は、「進化が起こると生物はだんだんに進歩していく」と いう考えでしょう。これは、「下等動物」・「高等動物」という言い方とも関係があり、進化を、あたかも「下等動物」から梯子を上って「高等動物」に至る道筋であるかのように見る見方です。
 進化とは、生物が時間とともに「変化」していくことであって、その変化は必ずしも 「進歩」であるとは限りません。第一、「進歩」という言葉には、悪いものから良いものへ という価値観が入っていますが、なにが良くてなにが悪いのでしょう? (p52)


 これも一応知っていました。ただ,なんとなくぼくも「進化」を「進歩」ととらえてしまうことがあります。注意しなくては。


 ところで、ここにあげたような誤解は、かなり広まっている誤解だと私は思うのですが、自然淘汰の考えには、どうしてこのような誤解がつきまとっているのでしょう?
 それは、私たち人間がつねに目的をもって行動し、つねに、きのうよりは今日のほうがよくなるように進歩しようとしているからだと思います。私たち自身かつねにそのようにしているため、私たちは、他の生き物を見るときにも、そのような目標と進歩と完成という見方から逃れられないのではないでしょうか?(p55)


 納得です。


 実際に生物は適応的に変化してきたのですから、突然変異の中には、まれではあっても有利なものもあるのが現実です。
 これは、何か、時計のような機械にしろうとが手を加えることを考えてみるとわかりやすいでしょう。時計のように、ある程度複雑な作りをしていて精密に動いているものに対して、しろうとが何もわからずに部品をいじると、そのほとんどは時計をだめにしてしまいます。しかし、万にーつぐらいは、時計を改良させることになるかもしれません。それと同様、生物は、たとえ大腸菌ぐらいのものでも複雑で精密に動いているので、その遺伝子にランダムに起こった変化のほとんどは有害なのです。(p63


 おもしろい喩えだなあと思って,ここに残しておきます。使えます。


 栄養をなにももっていない精子という配偶子を作るのはなぜなのでしょう?  精子など作らずに、みんなが卵子になってしまえば、それでいいはずなのです。そこで、有性生殖のニ倍のコストは、ときには、雄を作るコストとも呼ばれます。(p169~170)


 雄と雌については,同じ長谷川 真理子さんの「オスとメス 性の不思議」に詳しく載っています。

http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-603.html

 俗っぽく書いてみます。酒の場のつもりで。
 男なんていなくても女だけでも子孫を増やすことができる道もあった。なぜ男なんてものができたのか。男がいない道を選んだとすると,一人の女から一人の子どもができた。しかし,いまは男と女がそろわないと一人の子どもも作れやしない。
 いればいいというものでもない。男は他の男と戦ってやっと一人の女を得る。しかし,他の男に勝っても女が受け入れるとは限らない。
 歌謡曲のほとんどが色恋もの。小説,映画の多くも恋が入る。
 男がいなければそんなことなかったはず。なぜ,男ができたのか。そんなコストをかけて。
 まさか,歌謡曲をおもしろくするためでもないでしょう。
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