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施政権の下とは、・・・そして今

昨日は

復帰前の沖縄はアメリカではなかった

を書きました。

沖縄は、アメリカではなく、アメリカの施政権の下にあったのだということです。

それでは「施政権」とは何なのか。

次はネットの辞書コトバンクからです。


施政権とは - コトバンク
〘名〙 信託統治地域の領域並びに住民に対し、立法・行政・司法の三権を行使する権限。 昭和二〇年(一九四五)から同四七年まで沖縄は暫定的にアメリカの施政権の下におかれた。



僕が分かる範囲で説明します。

復帰前には琉球政府がありました。 今の沖縄県庁のようなものです。そしてそのトップには、行政主席がいました。 今の沖縄県知事です。

そして琉球立法院がありました。今の沖縄県議会ですね。

裁判所もありました。

要するに立法、行政、司法の三権が沖縄にもあったのです。

しかし琉球政府の行政主席はアメリカ民政府が任命した任命主席です。
アメリカの言うなりになる人を任命したのでしょうね。

復帰数年前には、屋良朝苗さんが選挙によって公選行政主席になります。

このアメリカ民政府というのは、沖縄の三権の上にあります。

だから沖縄には、立法、行政、司法の三権があっても、それを支配する力としてアメリカ民政府があったのです。

そのトップは高等弁務官です。その高等弁務官の力が絶対だったのですね。

だから特に問題なければ、沖縄の琉球政府、立法院がやるようにさせるのですが、気に入らないことがあれば、それを覆してしまうのです。
それによって、瀬長亀次郎さんを刑務所に入れたり、そして那覇市長を辞めさせたりしたのです。

沖縄の人がこのようにしたい、ということで、琉球政府や立法院で決めても、アメリカ民政府がそれは駄目だと言えば駄目だったのです。

これが、沖縄が復帰前、アメリカの施政権の下にあったということです。

キャラウェイ高等弁務官が「沖縄の自治は神話だ」と言ったそうですが、そういうことなのでしょう。

これがアメリカの民主主義です。

1972年に、本土に復帰しました。 アメリカの施政権の下から、抜け出すことができたのです。

そして基本的に日本になったのです。

しかし現実はどうでしょうか。

県民投票、そして国政選挙などの結果で、沖縄県民の辺野古新基地建設反対の民意ははっきりしています。

しかしそれを日本政府が押さえつけているのですね。その構造は全く変わらないと言っていいでしょう。

アメリカから日本政府に変わっただけかな。

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