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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

危険がいっぱい
 mixiの「サドベリー・バレー校について語りましょう」に書き込んだコメントです。

 クリスさんのコメントを読んで,この本の「危険がいっぱい」という節を思い出しました。

 「幼小時に失敗や危険」といっても,このサドベリーの場合は,半端じゃありません。

 キャンパスにある大きなブナの木のてっぺんまで最初に登ったのは、十二歳になる男の子でした。知らせを聞いて現場に駆けつけたわたしたちは、一瞬、心を凍りつかせたのです。大木の背丈はニ十三メートル。その梢の方から、男の子の呼ぶ声がします。生い茂る木の葉で、姿はよく見えません。誇らしげな声だけが響いてきます。地上のわたしたちの心に、その子が墜落するイメージがよぎりました。

 このブナの木のー件は、キャンパス内における危険管理をめぐって、わたしたちの間で長い間、交わされた論争の始まりでした。考えれば考えるほど、心配のタネがあとからあとから出てくるのです。わたしたちが気づかなくても、子どもたちの方でちゃんと見つけてくれるのです。

(中略)

 サドベリー・バレー校では、子どもたちは皆、いつでも、どこでも、行きたいところに自由に行くことができます。わたしたちの学校は、開かれたキャンパスなのです。わたしたちにとって、不安のタネがつきないわけです。

(中略)

 ある日、八歳になる二人組が、一・六キロ先にあるピザ屋のノブスコット・コーナーに向かって元気に道路を歩いていくではありませんか。八歳の子が、車の往来の激しい道路を歩いている! 事故に遭ったらどうしよう・・・・。わたしたちは恐怖のあまり、身をすくませてしまいました。

(中略)

 そのうち、わたしたちは気づきました。見方によっては、どんなものでも「危険」な存在になり得るのです。木も岩も、ポーチも道路も、川の流れも。

(中略)

いったん危険だと思い込むと、「立ち入り禁止」にしたくなるのが人情ですが、わたしたちはその度に、この学校の基本原則を思い起こそうと努めました。サドベリー・バレー校の教育の中心にあるのは、子どもたちは現実世界の問題と取り組むことによって判断力を身につける、という考え方なのです。

(中略)
 
 日々、直面する危険とは、子どもたちにとって自ら立ち向かう挑戦でしかないことが、次第次第にハッキリしてきたのです。

(中略)

そこで、わたしたちとしては、成り行きに任せることにしました。少々の危険は覚悟することにしたのです。遊んでいる最中、怪我をした子も、傷口を消毒してバンドエイドを貼ってもらうと、再び負傷の現場に駆けていきます。でも、たいていの場合、傷の手当てもせず、そのまま遊びに熱中しています。



 

(心配のタネを)わたしたちが気づかなくても、子どもたちの方でちゃんと見つけてくれるのです。


 というのがおもしろいですね。


車の往来の激しい道路を歩いている

!
 を読んで思い出したことがあります。保育園の散歩です。ぼくは一〇数年前,保育園をしていました。

 みんな手をつないで,整然と散歩させるのが嫌いで,目的地を決めて,そこまで自分で行きなさいにしました。目的地が約2kmほど離れた児童公園だということはよくありました。目的地は子どもたちが多数決で決めました。

 ぼくの住んでいるところは「村」ではありますが,人口三万人で車の往来もけっこうあります。

 保母をポイントに立たせてはいるのですが,危険がいっぱいです。でも,子どもたちは楽しそうでした。ずっと走っていく子がいます。ゆっくりゆっくり花を摘みながら行く子もいました。

 危険は自分で察知できるように,ということでやったのですが,いま思うとちょっと怖いことをしていたな,と思います。でも,何事もなくということでかごに閉じこめていてはいけないと思いますね。
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