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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

「プッシュの教育」と「プルの学習」
 まず,野口悠紀雄著「超超整理法」p202からの引用です。




 情報収集について、「プッシュ」と「プル」を区別することができる。

 テレビや新聞は、情報を「プッシュ」している(押し出している)。われわれは、ソファーに座ってそれを受け入れているだけだ。教科書や小説を最初から順に読む場合にも、「プッシュ」された(押し出された)情報を受動的に受け取っている。

 それに対して、情報を「プル」したい(引出したい)場合もある。

 たとえば、ある会社の歴史を詳しく調べたい場合だ。こうした必要が生じた場合、われわれは書店に行って関連書籍を購入したり、図書館に行って資料を調べたりする。 新聞や雑誌も情報をプッシュしているのだが、過去の記事が蓄積され、それらを検索できるようになると、そこから情報をプルすることができる。このための仕組みは、昔から存在した。新聞の縮刷版がそれである。

 情報の電子化が進展して、情報をプルできる可能性が飛躍的に向上した。検索はこれを行うための強力な道具だ。検索エンジンが発明されたために、インターネットのプル機能はきわめて強力になった。われわれは、いま、二十年前には想像もできなかったほどの「プル能力」を獲得している。



 これと似たような感じで,知識を得るために,「プッシュの教育」と「プルの学習」を区別することができます。

 学校教育は,プッシュの教育です。文科省が学習指導要領を決め,そしてそれに沿って学校では教育を行います。先生はあらかじめ決められた通りに授業を行い,それを受動的に生徒は学ぶわけです。

 それに対してプルの学習があります。自分の関心にしたがって図書館で本をさがしたり,またはインターネットでいろいろ調べたりします。

 さて,サドベリー校の特色はこの「プッシュの教育」を完全に否定していることです。何を学ぶかは,与える側が決めるのではなく,受ける側が決めるということです。

 だから,学びたくなったことだけを学べばいいということです。だからもし文字を学ぶことに関心がなければ文字を学ばなくてもいい,という考え方です。

 産業革命前は,「プルの学習」だったが,産業革命後は,「プッシュの教育」が中心になった。だから子どもは不自由で不幸になった,という考えです。企業にとって都合のいい内容を大人が決めて,それをプッシュしているのがいまの教育ということですね。

 それに対して,ぼくは「プッシュの教育」も必要なんではないかな,と思うということで書いたわけです。

みなさんは「プッシュの教育」は必要だと思いますか。それとも必要ないと思いますか。

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