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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

英語が苦手なのは感謝すべき
 「役に立たない程度の英語教育ですんでいる、という状況にむしろ感謝すべきなのだ」

 田川健三著「書物としての新約聖書」で出会った一文です。ぼくも同感です。それがどういうことを意味するのか、ぼくなりにまとめてみました。

 韓国や台湾の年配の人はとても流暢な日本語を話します。それは、植民地時代に日本語による教育が強要されたからです。英語を流暢に話す人の多い国では、植民地時代に英語による教育が行われたところが多いのだそうです。英語が得意になることと、植民地になり自国の文化である言語を失うこととどちらが大切でしょうか。

 インド人も英語が上手です。植民地政索による影響も大きいが、さらに状況は複雑なようです。インドの憲法では公用語をヒンディー語とさだめていますが、この条項はヒンディー語を使用していない州ではうけいれられていません。それで、英語が地域間の交流の言語としてつかわれているのです。日本では、方言はあるものの、どの地方に行っても日本語が通じます。ありがたいことです。

 書店に行くと、大量の翻訳物が並んでいます。また、テレビでは外国で作られた作品が日本語に吹き変えられて放送されたり、字幕がついています。つまり、外国の文化に日本語で接することができるのです。国力が小さいとそうはいかないでしょう。

 外国を旅行すると、日本語で話しかけられることが多いです。また日本語による案内板や説明もかなりあります。多くの国で日本語教育が盛んになっているようです。つまり外国の人が日本語を使うようになってきており、日本語で外国の人と接することもできるようになっているのです。

 このようにぼくたち日本人は日本語だけで不自由なく生活ができ、英語を使う必要性があまりありません。だから苦手なのです。自国語だけでは十分に生活できない国の人々は英語がうまく話せるようにならざるを得ないのです。

 英語を母国語とする人々は外国語(英語以外のことば)が苦手です。英語だけで十分に生活できるからです。つまり、自国語の力が大きいところは外国語を学ぶ必要がなく、自国語の力の弱いところは外国語が上手でなければ生活できないのです。日本語はかなり力が大きいのでしょう。だから日本人は日本語以外の言葉を使わなくても生活できるのです。

 こう考えていくと、英語が苦手だということはやはり感謝すべきことなのでしょう。

 しかし、今後は日本語だけでは不自由を感じるような国際化社会になります。だから、英語はやはり使えるようになったほうがいいのです。ただ、日本人が英語を話せないのは単に学校教育が悪いからでも、文法中心の英語教育が悪いからでもありません。日本語だけで不自由のない生活を送ることのできる日本人にとって、英語を使えるようになるということはかなり難しいことなのであり、多大な努力を要することなのです。
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