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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

近未来の会話
「もしもし、今どこにいるの?」

「ちょっと待ってね。確認するから。
 今は、北緯26度6分3秒、東経120度43分 6秒だよ」

「わかった。私は今26度6分12秒、120度43分4秒にいるから、すぐ近くだね。私があなたの所に行くから、そのまま動かないで立っていて。」

 僕は予想する、ごく近未来の会話です。

 カーナビなどで GPSが使われています。僕もGPSロガーの時計を買って利用しています。

GPSロガー時計 EEA-SJ-5262
古宇利島に
 GPSロガーではその地点が北緯何度何分、東経何度何分という位置を示してくれます。

 この北緯何度何分、東経何度何分というのは、台風情報ではこれまでも耳にしましたが、全く身近なものではありませんでした。

 しかし、今後はもっと身近に使われるようになるのではないでしょうか。

 いま、ネットで検索してみると、GPS機能つきの携帯電話はすでにかなりあるのですね。携帯電話は持っていないので知らなかった。

 とすると、もうすでに上のような会話はどこかでやられているのかもしれませんね。

netで調べていたら、こんなページを見つけました。
Sat-Track 携帯電話 GPS 追跡システム
追跡システムがGPSならびにGSMテクノロジーを使って携帯電話を追跡します。




お市の「袋のネズミ」
NHK総合「大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」」が始まりました。

 
第1回は、「湖国の姫」。

 その中に、次のような場面が出てきます。

http://jungknight.blog90.fc2.com/blog-entry-2015.htmlからお借りしました。

須磨に促され、信長に知らせるべく筆を走らせる、お市。
しかし、ほどなく、筆が止まりました。
決断がつかない。
そこで須磨は機転を利かせ、両方を糸で縛った――まるで鼠のような――小豆袋を用意。
これを送れば、「袋の鼠」と分かってくれるだろう。
浅井と朝倉に囲まれれば、袋の鼠も同然。
これを密かに送れば、通じるはず。
が、これを、お市は投げ捨てました。
誰も裏切りたくはないが、どちらかを選ばねばならない。


 このお市と「ふくろの鼠」ですが、ぼくも知っています。しかし、だいぶ異なります。

 ぼくの知っているのは次のようなもの。


http://kotatujo.cool.ne.jp/hyo/itiran/itiran/oiti.htm

さて、このとき、お市の方が浅井の裏切りを察し、兄信長にいち早く知らせた、という逸話は有名である。お市の方は、手紙では怪しまれるので、小豆を袋に入れて、織田の陣営に、陣中見舞いと称して送った。その袋の上下は縄でくくられており、受け取った信長は、瞬時にして「袋の中のネズミ」の意を悟り、ゆえに危地を脱出できた、と言うのである。



 お市が「袋のねずみ」を送ったということで知っていました。

 実際はどうなのだろうかと、ネットを調べてみました。すると大河ドラマのせいでしょうね。いろいろ出てきました。



 いろいろな意見が上のページには出ています。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13534579881

 これらのページを読んでのぼくの感想です。

 お市が「袋の中のネズミ」を送ったというのもフィクションなのでしょう。

 確かにあのような状況で「袋の中のネズミ」であろうが、送るのは無理があります。

 あとで芝居か小説などで誰かが創作したのでしょう。そう考えた方が自然だと思います。

 そして、今度のNHK大河ドラマでは、そのような創作をさらに創作を加えたのです。

 NHK大河ドラマは楽しみに見ていますが、フィクションと思って見た方がいいですね。

 楽しく見るということが大切です。

 おなかの中にいる胎児(のちのお江)を中絶しようとするお市を茶々が泣きながら説得するという場面もあります。

 ドラマとして見ていたら面白いものです。茶々を演じた子はすごい熱演でした。よく訓練されたものだと感心しました。

 でも、あのようなことを、あのような子供がするとは思われません。まったくのフィクションでしょうね。

替え歌「基地のとなりで」
 さる29日土曜日、沖縄民商の新年会がありました。そこで替え歌弾き語りをしました。
 今年新たに作詞した「基地のとなりで」を歌いました。歌詞をここに載せます。

 原曲は寺山修司(作詞)・加藤ヒロシ(作曲)「戦争は知らない」です。
 「野に咲く花の名前は知らない だけども野に咲く花が好き ・・・」の歌ですね。

基地のとなりで
1,
 /C   / Am   /F   /Am G7/
テレビを 観てると、    テロップ 流れた

C /Am   /F G7  /C /C
米軍  ヘリが、  墜落し   た

 F  /Em  /F  /Am /G7/
娘の   通う  大   学に

 C /Am   /F     /C
ふるえ  ながら、  娘に 電話


2,
C / Am   /F    /Am G7/
明るい 声で    息子が 言っ た

C    /Am   /F G7  /C /C
きょう、学 校で    避難訓   練

 F  /Em   /F   /Am /G7/
私は   息子を  通わせ てい る

 C /Am   /F    /C
こんな 危 険な   ところへ と


3,
 C  / Am   /F   /Am G7/
きょうも  夜が    静かにやって くる

 C  /Am   /F G7  /C /C
だけども、 私に    安らぎはな い

F    /Em    /F   /Am /G7/
いつでも 逃げられる  準備を しなきゃ

 C /Am   /F     /C
ねまき   着ずに  普段着で寝 る



4,
C / Am  /F   /Am G7/
きょうも ヘリが 飛び立って 行く

C   /Am   /F G7 /C /C
危険な   米軍   普天間 基 地

 F /Em    /F  /Am G7/
私の  住んでる この  街に、 

 C /Am   /F     /C /C
沖縄、日本に    基地はいら ない

 F /Em  /F  /Am G7
私の  大切な 家族を おびやかす 

 C /Am   /F     /C
米軍 基地は   出ていけ

年寄りが尊敬されにくい社会
 多くの方が指摘されていますが、現代の社会は、年寄りが尊敬されにくい社会になっています。

 先日、知人とお酒を飲みました。彼とコンピューターやインターネットの話しになりました。

「自分で学んだのですか?」とたずねたところ、

「娘に教えてもらったんです」とのことでした。

 分からなくなると、娘に教えてもらうのですが、
「さっき教えたばかりじゃない、もう忘れたの」と、いわれながらも、じっとがまんして、おとなしく聞いていたとのこと。

 世の中がどんどん変わっていきます。

 若者の方が年寄りよりも優れているという点が少なくありません。

 昔は、人生経験の豊かな年寄りは、いろいろな知識もあり、尊敬されたものです。

 最近はどんどん新しいものができるので、適応力のある若者の方がよく知っているということも多いのです。

 年寄りにとっては住みにくい社会になったものです。

 ただ、僕は若者と学習塾という土俵で付き合っています。

 僕の得意な土俵なのです。
 だから若者よりもずっと優れていることが多いのです。

 それで、彼らに尊敬される点も多いように感じます。

 世のお父さん方も自分の得意な分野では、かなり優れた知識や技術を持っているのでしょうが、家に帰るとそれを生かすこともできないことがおおいでしょうね。

 子どもたちにそれをみせていばることもできないのでしょう。なかなか大変です。

私の記憶も 捨てたのね(替え歌)
 「神田川」の替え歌を作ってみました。最初、笑いをとるために作り始めたのですが、どうも深刻な歌詞になったように感じます。先日、カラオケで歌いました。いちおう、うけたのですが、どこでも誰の前でも歌えないなと思っています。

(1) 貴方は もう忘れたの
  赤い手拭い 前掛けにして
  二人で食べた ご飯のことを
  「ごちそうさま」って 言ったのに
  いつも私が せめられた
  荒い声が心(しん)まで響き
  小さな心が カタカタ鳴った
  貴方は 私のからだを押さえ
  「飯をくれ」って 言ったのよ

  ぼけていく あなた 何も覚えてないのね
  いま たべた ばかりの ご飯のことも

(2) 貴方は もう捨てたのかしら
  二十四で あなたに嫁ぎ
  貴方と築いた 私の記憶
  「忘れないでね」って 言ったのに
  いつもちっとも 覚えてないの
  窓の下で ささやいたこと
  三畳一間の 出来事さえも
  貴方は 私の顔を見詰め
  「お前はだれだ」って 聞いたのよ

  ぼけていく あなた 何も覚えてないのね
  私の記憶さえも 捨てたのね


「白い頭髪」(「白い一日」の替え歌)
 小椋佳作詞・井上陽水作曲の名曲、「白い一日」の替え歌です。
 これは笑えると思います。しかし、カラオケで歌っていて、笑われていると思った人に殴られてしまわないか、心配です。


「白い頭髪」(「白い一日」の替え歌)

真っ白な 頭髪を
眺めては なげいてる
かといって 染めはせず
そんな風に 時のまわりで
僕の若さが 過ぎてゆく

目の前の 紙袋は
高血圧の 薬だし
物忘れも はげしいし
探し疲れて 寝ころがれば
僕の一日が 過ぎてゆく

ある日 踏切のむこうに 君がいて
通り過ぎる汽車を待つ
遮断機が上がり 振り向いた君は
もう 年寄りの顔をしてるだろう

この腕を さしのべて
その髪を かき分けて
ありふれた 黒髪に
もどってくれれば いいのだけれど
髪は 白さを 増すばかり

真っ白な 頭髪を
眺めては なげいてる
かといって 染めはせず
自分自身を なぐさめてる
まだ ましだと 禿げるより


東日本大震災、沖縄の子どもたち
 東日本大震災で子供たちもいろいろ考えるようになっています。

 僕が学習室に入り電気のスイッチを入れると、その前から学習室にいたAさんが言いました。

「だめだよ。Yojiさん。節電しなきゃ」

 前日あたりからテレビでは、東京電力の電気がなくなり節電を呼び掛けていました。

 僕は、「ここは沖縄電力の電気なんだから大丈夫だよ」と言いました Aさんの気持ちは分かりますが、暗いところで勉強しては目を悪くします。

 Aさんは、いつもは長湯だそうです。
 湯船で本を読んだりと、ゆっくりしているのです。

 でも、節電を呼び掛けられてから、風呂もさっさと切り上げて、電気を切るように心掛けているとのこと。

次はKyokoの話しです。

 セルフ塾の前の道路が拡張されることになりました。それで水道工事が金曜日に入ったのですが、ちょっとした手違いがあり、飲み水がその日は飲めないことになりました。

 すると、中学生のSさんが不満を述べていました。
「のどが渇いて大変だよ。死にそうだ」

 「それぐらいは我慢して、早く課題を終えて家に帰って、水を飲めばいいでしょう」とKyokoが答えました。

 それでも、のどは乾くという不満を述べ続けていたようです。

Kyokoがいました、
「東北ではいま大変なんだよ。」

 その一言で Sさんが変わりました。
「そうだよね」といって、そのあとは一言も不満を述べなかったとのことです。

 子どもたちも東日本大震災の光景を見てショックを受けています。そして自分にできることはという気持ちが強いです。

婦人は、顔でこそ笑つてゐたが、実はさつきから、全身で泣いてゐたのである

 東日本大震災はすごいものでした。

 いま、生き残った人へのインタビューを見ることがあります。子どもと外れてしまったという夫人のインタビューもありました。

 濁流に流されて,自分は何とか生き残ったが子どもは流されてしまったというのです。死んでしまった可能性が高いとぼくは思いました。それをその夫人は淡々と話しているのです。

 海外のこのような災害などの時のインタビューでは泣き叫びながら話をすることが多いです。

 日本人の場合には,淡々と受け答えしていることがほとんどです。

 僕はそれを見ながらある話を思い出しました。うろ覚えだったのですが,ネットで検索してみて,それが何だか分かりました。

 芥川龍之介の「手巾」です。

 我が子を失った婦人が、子どもの恩師にその死を告げにきます。

 そして他人事のように冷静に話す婦人を教授は不思議に思います。

 次は青空文庫からの引用をそのままった載せます。

芥川龍之介 手巾

 丁度、主客の話題が、なくなつた青年の追懐から、その日常生活のデイテイルに及んで、更に又、もとの追懐へ戻らうとしてゐた時である。何かの拍子で、朝鮮団扇が、先生の手をすべつて、ぱたりと寄木(モザイク)の床の上に落ちた。会話は無論寸刻の断続を許さない程、切迫してゐる訳ではない。

そこで、先生は、半身を椅子から前へのり出しながら、下を向いて、床の方へ手をのばした。団扇は、小さなテエブルの下に――上靴にかくれた婦人の白足袋の側に落ちてゐる。

 その時、先生の眼には、偶然、婦人の膝が見えた。膝の上には、手巾を持つた手が、のつてゐる。勿論これだけでは、発見でも何でもない。が、同時に、先生は、婦人の手が、はげしく、ふるへてゐるのに気がついた。ふるへながら、それが感情の激動を強ひて抑へようとするせゐか、膝の上の手巾を、両手で裂かないばかりに緊(かた)く、握つてゐるのに気がついた。さうして、最後に、皺くちやになつた絹の手巾が、しなやかな指の間で、さながら微風にでもふかれてゐるやうに、繍(ぬひとり)のある縁(ふち)を動かしてゐるのに気がついた。――婦人は、顔でこそ笑つてゐたが、実はさつきから、全身で泣いてゐたのである。



 このような婦人がまた日本には数多くいるのです。それが日本人なのです。僕は感動を覚えています。

少し国際人になった気が
 少し国際人になった気分になっています。東日本大震災は全世界のニュースになっていて、とても注目されています。

 去年の暮れからLang-8で英作文の練習をしています。その中で世界各国の人と友達になりました。

 大地震と津波のあった先週の金曜日、僕はいつものように塾で仕事をしていました。

 津波の為ということで欠席をする生徒がいました。ぼくは正直、おおげさだな、と思いました。

 学校で津波の注意を受けた生徒たちが塾に来ました。
 
 彼らの話で僕は大地震と津波があったことを知りました。そしてインターネットで少し確認しました。しかし、その時にはそんなに大変なこととは思いもしませんでした。

 それで、仕事が終わり、前もって準備していた英文原稿をLang-8にアップし、家に帰りました。

 そして、家に帰ってテレビを見て、そのすさまじい光景に驚きました。こんなすごいことが起こっているとは。

 次の日の朝、Lang-8のサイトを開きました。

 そこに僕の書いた記事にコメントがありました。カナダの友人からでした。

 あなたの記事に津波のことが書いてないのは不思議だ、無事か、というコメントでした。

 直接Lang-8のサイトを通してのメールもインドから届きました。僕と僕の家族の無事を確認するメールでした。

 インドの人が僕のことを案じているとは・・・・。

 僕がその記事を書いた時には津波のひどさは知らなかったのです。それよりも世界中で日本が注目されていたのです。

 東日本大震災で日本が壊滅的な状態になったニュースを見て僕のことを案じてくれる人がいたのです。

 僕は、急きょ日記を書きました。
 僕も家族も無事であること。そして僕の住んでいる沖縄が被災地の東北からはるかに離れていること。地震の揺れさえ全く感じなかったことなどなど。

 その日記に対して世界のあちこちからコメントをいただきました。カナダから、中国から、アメリカから、そしてインドネシアから。

 彼らは日本語を学んでるだけあり、日本に対する関心がとても高いです。今回の大震災にはとてもショックを受けているようでした。
数日間は大震災の話題が中心でした。

 中には、福島に住む友人の名前をあげ、安否を気遣う日記もあります。

 僕は、このような大災害の中でも日本人は整然と冷静に行動していることを日記に書きました。

 「さすが日本!」というコメント、「世界中の人が日本人をうらやましく思ってるよ」というコメントもありました。ぼくは、日本人をほこりに思うと返事しました。

 このように、今回の大震災で世界各国の人々とのつながりがさらに深まり、少し国際人になった気がします。

死の山のふもとに、すでに足を踏み込んでいる
 照屋宏さんが亡くなりました。70歳でした。

 照屋さんは、4、5年前に函館に行った時の5人のメンバーの一人です。

 そしておととし6人で山陰旅行をしたのですが、照屋さんもいっしょでした。

 この5月3日には、国頭村奥のこいのぼりでも一緒でした。

 酒飲み友達て、よく一緒にお酒を飲みながら語り合ったものです。

 心臓が悪く、入院したこともありましたが、最近はとても元気そうでした。

 なくなった5月6日には、囲碁を打ちに、2kmの道のりを自宅から歩いたそうです。上り坂の多い、きつい道だそうです。

 そして囲碁を打っているときに、心筋こうそくを起こして亡くなったのです。

 仲間の一人が亡くなってとても淋しく思います。

 そして、僕自身がだんだん死に近づいていくことをいることを実感します。

 僕の感じでは 80歳ぐらいをピークに「死の山」があります。

 もちろん若くして亡くなる人もいますが、それは例外的です。

 その死の山のふもとに、すでに足を踏み込んでいるといった感じがします。

 照屋さんはたぶん僕と同じ辰年だったと思います。一回り上の辰年です。

 これまでは亡くなっていくのは、基本的に親の世代といった気がしていました。

 大先輩ではありますが、仲間の一人が亡くなったことで、死の山が確実に目の前にあるという感じを今回受けています。

HDビデオやデジタルオーディオ・・・アナログ人間の質問「ところで、それはどんな形で、どこに入っているんだ?」
 ヤフーの「映像トピックス」に「ウルトラマン誕生」がありました。「ウルトラマン」の第1話です。

 30分近い動画でしたが、仕事もせずに、つい全部見てしまいました。

 さて、その一場面に次のようなったのがありました。

 隊長から、次の会話を録音するように、と告げられた女性隊員がボタンを一つ押します。すると机上が真ん中から開いて、その下からのオープンリール式の録音機がせり上がって、自動的に録音を始めたのです。

 1966年の作品です。僕が中学2年生の時です。当時とすれば、そのように自動的にせり上がって録音を始めるというのはすごいことだったのでしょう。

 未来においてはこのようなこともできるんだ、と感心しながらぼくらは見ていたのでしょうね。

 しかし、その後、カセットレコーダーが出て、CD、MDになり、そしてデジタルオーディオになっています。僕もICレコーダーをよく利用しています。

 それを知っている今の僕にとっては、オープンリール式のデッキはとても古臭いように感じました。

 人間の空想をはるかに超えるスピードで、この40年間、録音機は発達をとげてきたのだと感心します。

 さて、酒飲みの場で、ハードディスクビデオの話やデジタルオーディオプレーヤー、ICレコーダの話になると、
 アナログ人間のShueiさんなどから
「ところで、それはどんな形で、どこに入っているんだ?」という質問がでます。

 テープやCDのように、まだ録音の媒体が形として見えるのは想像できます。

 しかしハードディスクになると、もう取り出すことはできません。専門家はできるかもしれませんが、少なくとも僕にはできません。

「もうそれは機械に内蔵されていて、簡単に取り出すことも見ることもできないんだよ」などと言っても、なかなかそれが理解できないようです。

 このように話している僕も、実際にはよく理解しているわけではないのですが。

 とにかく、すごいスピードでいろんなのが発明されているんだなと感心します。

 さて「ウルトラマン誕生」映像のURLをここに貼り付けようと思ったら、次のようになっていました。

「ウルトラマン誕生」
1,966年ULTRA
この動画は削除されました。これは以下をはじめとする複数の申立人から著作権侵害に関する第三者通報が複数寄せられたことにより、この動画のYouTubeアカウントが停止されたためです。(以下略)


NHK BS時代劇「テンペスト」は「水戸黄門」だ!
 NHK BS時代劇「テンペスト」、毎週楽しみに見ています。

 さて、さる金曜日(8月12日)の琉球新報の論壇に高江洲義寛氏の「歴史ドラマに必要な見識」が載りました。

 抜粋して、簡単にまとめてみます。

 今、NHK・BSテレビで琉球史を舞台にした10回に及ぶ長編ドラマ「テンペスト」が華々しく放映されている。

ドラマが進むうちに大きな疑問と怒りが湧いてきた。

 フィクションとは言え、あまりにも荒唐無稽で、史実をねじ曲げた物語になっている。琉球王朝に関する知識が乏しい方に、とんでもない誤解を植え付けかねない。

 例を挙げよう。ドラマでは琉球の当時の国王・尚育王が阿片を吸う場面や、王府の最高神宮の聞得大君(きこえおおきみ)が職を追われて女郎になり下がる場面、男子禁制の神女の奥殿へ男が自由に出入りする場面、王府から嫌われ24時間監視されていたキリスト教宣教師のべッテルハイムが、首里の役人や、こともあろうに聞得大君との信仰上の交わりが発覚するなど、数限りない。

 NHKに放映の即時打ち切りを求める。



さて、それについてどう考えるか、僕の考えをかきます。

 僕も第1回を見るまでは NHKの大河ドラマのような歴史ドラマだろうと思い、それを見る中で琉球の歴史が少しでも分かればいいな、期待していました。

 ところが、第1回目を見て、その考えが完全に変わりました。

 このドラマは全くのフィクションである、ということがわかったのです。そして、その後はそのつもりで見ながら楽しんでいます。

 確かに荒唐無稽な物語です。でも楽しいです。

 これはフィクションであり、楽しくありさえすればいいのです
 史実である必要はありません。

 テレビ時代劇の「水戸黄門」と同じジャンルにあると思って見ればいいのではないでしょうか。

 水戸黄門は実在の人物です。そして助さん、格さんもモデルとなる武士がいたといわれています。

 しかし、あのように全国を歩いて、悪者をやっつけたというのは、全くのフィクションです。

 水戸黄門は、フィクションとして楽しめばいいのです。

 ただ、確かに歴史を全く知らない人はあれを真実だと思ってしまうかもしれません。

 それは見る方の責任です。もっと歴史を学ぶべきなのです。

 フィクションを史実だと誤解させるいうことに関して言えば、ぼくは、NHKの大河ドラマのような、中途半端な歴史物語の方がかえって罪が深いと思います。

 僕は大河ドラマも楽しく見ています。しかし、あの中にもフィクションがたくさん存在します。

 大河ドラマは、基本的には史実にのっとって物語が運ばれいます。すると、すべてを真実だと思ってしまう人が多いのではないでしょうか。

 ぼくもこれはフィクションかな史実かなと考えてしまうことが少なくありません。

 知らないうちに、フィクションを史実だと思っていることも少なくないでしょう。

 このブログに、フィクションがあるということは、2度ほど紹介しました。

NHKの大河ドラマ、どこまでがフィクションか

お市の「袋のネズミ」

 また歴史小説にもフィクションがかなり含まれています。それについても前に書いたことがあります。
歴史小説

 僕は、それでいいと思っています。

 面白く、楽しく、見たり、読んだりできればいいのです。テレビドラマや歴史小説は。

 史実を知りたければ、専門書を読めばいいのです。また、そういうテレビ番組もあります。

 フィクションから入っていって、歴史に興味を持って、学習を始めたらいいのではないでしょうか。

 そして、あれはフィクションだったのかとわかる楽しみもまたあるはずです。

 今度の BS時代劇「テンペスト」も、琉球の歴史に興味を示すきっかけになる面白い番組だと、僕は思っています。

 聞得大君、べッテルハイム、冊封使など、そういうものを全く知らなかった人には、いい勉強になっているのではないでしょうか。

 ぼくも勉強になっています。まだまだ力がないので、フィクションをそのまま信じているところもあるでしょう。それを乗り越えるためにも、いろいろ学んでいきたいです。

次第に遠のくフィルム時代
 中学1年生は理科で「光」を学んでいます。

 Sさんが習いにやってきました。彼女に、「カメラのフィルムに映る像はね、・・・・」と説明していると「フィルムって何?」と、彼女が尋ねたのです。
「ええ!」僕はびっくり。「カメラの中にある・・・・」と説明しても、全くわからないようです。

 ぼくは気づきました。彼女は、もうデジタルカメラ時代の子どもなのです。フィルム式のカメラを見たことがないようです。フィルムを知らない中学生が現れたのです。

 僕は、数年前のネガを出してきました。
「これがフィルムだよ」と見せても、見たことが全くないようです。

 ぼくは多くの生徒の傾向かと思い、中学1年生に、「フィルムを知らない人は見せてあげるからおいで」と呼びかけました。一応集まってきたのですが、ほとんどの子は知っているようです。

 でも、これからはフィルムを知らない子どもたちがどんどん増えていくんだろうな、というのを実感しました。

 8月17日(水)の沖縄タイムス「オピニオン」のページに掲載されました。


パックツアーは、とてもとても安い
 中国(北京・西安)の旅行をしました。7名で行ったのですが、その前に旅行会社3社に見積もりをお願いしました。

 10名以上が団体扱いとのことです。10名で行くとなると、あと3人はかき集めなければいけません。

 3社から見積もりが届きました。
 沖縄から添乗員同行無し、現地ガイド対応という条件です。

A社 1名あたり 148,000円
B社 お一人様 ¥133,000(スーペリアクラス)・¥139,000(デラックスクラス)
C社 の見積もりが見つからないのですが、似たようなものでした。

 見積もりと並行しながら、パックツアーの料金も調べました。

 福岡のトラピックス(阪急旅行社)から、北京・西安の旅が \49,900で出ていました。

 もちろんそれだけで終わるわけではありません。それに燃油サーチャージ、空港使用税などがつきます。

 それに、そのツアーは福岡発なので、沖縄にいる僕らは福岡往復の航空運賃、そして一泊のホテル代が出ます。

 それらをぼくは見積もって、合計9万円としました。

 実際に旅行社に支払ったのは6万8035円、そして福岡往復+宿泊で2万3400円。合計で9万1435円です。だいたい見積もり通りです。もちろん、これにオプショナルツアー代やお土産代などは含まれていません。

 団体旅行だと、安くても13万円。パックツアーを利用すると9万円。
 4万円も差があります。

 それで、みんなに諮ったところ、もちろん安いパックツアーということになりました。

 パックツアー参加のほかのメンバーと団体行動をとるという点で、少々自由は失われるかもしれませんが、これだけ安ければもう決まりです。

 パックツアーは安いということを聞いてはいました。

 今回、団体旅行の見積もりも出して比較することができ、パックツアーはかなり安いということを改めて感じました。

 パックツアーを嫌がっていた自由人の秀栄さんも、旅行の後半では、「海外旅行はパックツアーがいいよ」と語っていました。

 パックツアーでも、楽しむことができる、ということがわかったのでしょう。

ぼくがいくらタッチしても動かないコンビニのコピー機、若い女店員が触れるとすぐに動く・・・ひいきか?
(下をクリックすると、このページを読みかげます。)
このページを読み上げます


 コンビニでコピーをしました。タッチパネル式です。ところが、いくら指で触れても反応しません。何度繰り返しても駄目です。そこで近くにいた店員さんに尋ねました。そして、彼女が軽く指で触れると、すぐに動き出したのです。「タッチパネル式ですね」と、いかにも僕が何も知らないかのように言いました。

 それは知っているのです。でも、なぜか彼女と同じようにしても、できないのです。

 少し考えて思いました。若い手と年をとった手の差ではないかと。

 若いころは、紙をめくるのも平気でしたが、最近は指サックをつけないとめくることができません。これと同じように、僕の手は電気が通りにくくなっているのではないでしょうか。

 それで、ボールペンの先を軽くパネルに触れました。するとコピー機は反応したのです。

 このような機械をつくるのは若い人たちでしょう。でも、テストは年をとった人にもやってもらった方がいいですね。


12月1日の沖縄タイムスに掲載されました。


銀行の両替機「お取り扱い金種」
(↓をクリックすると、このページを音声で聞くことができます)
Speech.mp3

銀行に両替に行きました。コンビニで大量にカラーコピーをするため、500円玉がたくさん必要だったのです。

 僕は1万円札を持って、両替機の前に立ちました。タッチパネル式です。

 そこに表示された文字を見ると、

お取り扱い金種


 とあり、\5000札 \2000札などが描かれていますが、1万円札がないのです。

 僕は1万円札を両替することができないと思い、家に戻りました。そして、そのことを妻に話すと、1万円札もできるはずだというのです。

 僕は念のために5000円札も準備して銀行に戻りました。

 そして1万円札を入れて両替を行ったのです。するととてもスムーズにできました。

 もう一度、最初の画面を確認したのですが、やはり
お取り扱い金種の中に1万円札はありません。

 考えてみました。

 この「お取り扱い金種」というのは、
「次の金種に両替をします」ということなのでしょう。
「次の金種を」ではないのです。

 僕は、それを「金種を」と解釈したのです。

 でも、僕の解釈力が劣っているというよりも、その表現が悪いのではないかと思います。

 「お取り扱い金種」とだけあれば、僕のような解釈も十分にできると思うのです。

 後で話しを聞くと、妻も最初戸惑ったようです。

 多くの人が戸惑い、また僕のように引き返す人もいるのではないでしょうか。

奇遇・・・米兵無罪は「誤審」 1970年の「糸満女性れき殺」
 今朝の琉球新報一面トップは、次の記事でした。

米兵無罪は「誤審」 1970年の「糸満女性れき殺」 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

 酒酔い、速度超過運転で糸満町(当時)の女性(54)をひき殺した米兵を米軍法会議が無罪とした1970年の「糸満女性れき殺事件」について、米国民政府法務局が事件を検証し、判決の約3週間後にランパート高等弁務官宛てに送った機密報告書で、判決は「誤審」だったと認めていたことが、2日までに明らかになった。


 実は、この事件にはかなり関心があります。

 僕は当時首里高校の3年生でした。

 その事件に関して、朝礼を乗っ取って、首里高校の生徒みんなで考えようと訴えたグループの1人でした。

 そのことは次のページに書きました。

コザ暴動その後 -首里高校1200人が米民政府に押しかけて抗議

 そのブログの記事を見て、あるジャーナリストから取材を受けました。

40年前の抗議行動、取材の集い

 そして、そのことがのった本が2月ごろに出版されるとのこと。

 原稿の該当部分がメールで送られ、チェックして、昨日返信したところでした。

 何かとても奇遇だなと思います。

 それにしても、「誤審」だと認めていたのに、 40年以上も私ども県民に知らせないとは、ひどいことだと思います。 

害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし
 「ヨウジさん、新聞読んだ?」中学生の1人が尋ねました。聞いてみると、彼らの学校の教師が飲酒運転で捕まったとのことです。そして、数名が集まり、「考えられない」「バカじゃないか」などと、とても批判的です。

 僕は言いました。「あなたたちはそんなふうに言うけど、酔っぱらったら人格が変わってしまうんだよ。酔わない時には酔っ払い運転なんてしないつもりだが、酔うと人が変わるからやってしまうんだよ」

「それならヨウジさんも酔っぱらい運転するの?」

「今はやらないよ」

「じゃ、昔はやったの ?」

「やったことがあるよ。若いころ、職場で酒を飲んでとても酔っ払ったんだ。そして、そのままバイクに乗って2キロほど離れたアパートに帰ったことがあるんだよ。どのようにして帰ったのか全く覚えていないんだ。

そのとき警察につかまっていたら、あなたたちの先生のようになっただろうね。

その時に、僕も、酔っ払い運転をしてしまうことがあるんだということを知ったんだ。そのあとは、酒を飲む場所には車で行かないようにするなど、酔っぱらわない時に気をつけるようにしている。酔っぱらってしまったら、気をつけきれないからね。あなたたちの先生のことは、他人ごとだと思えないんだよ」

「ジキルとハイドのようなものだね」

「そうだね。紳士的なジキルも、薬を飲むと悪人ハイドになり、ひどく悪いことを平気でしてしまう。酒は、ジキルをハイドに変えるくらいの力があるんだよ」

 中学生は、そんなものかなあという顔で聞いていました。

 「歎異抄」の中に「害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし(殺さないでいたいと思っていても、百人も千人も殺すこともある)」という浄土真宗親鸞の言葉があります。

私たちは人殺しなんでするはずがないと思っています。ニュースを見ると、なんてひどいことを、と全く他人事です。

しかし、ある条件がそろえば、だれでもが人殺しもやりかねないのです。人殺しをした人と私たちの間には大きな違いはありません。

 私たちは、何をしでかすかわからない存在なのです。

酔っ払い運転もまったくの他人事のように考えず、それぞれが自分は何をしでかすか分からない存在で、酔っぱらい運転もしかねない存在だと自覚しなければいけません。その上で、それを避けるためにどうすればいいのか考え、酔わないときに注意することが大切なのです。昨日

きのう1月8日の琉球新報論壇に掲載されました


Yojiさんの頭もらいたい
「Yojiさんの頭もらいたい」

中学3年生のAskさんがそう言いました。

「数学も英語も理科も、何でもできるのに」

 自分が苦労してなかなか解けない問題を、僕が楽々解くので、僕の頭がうらやましいようです。

 似たようなことをよく言われます。

「僕の頭とYojiさんの頭を交換しようよ」と言う子もいました。

 その気持ちわかります。

 でも、ぼくは、この仕事を25年も続けているのですから、解けないとおかしいですよね。

 僕が、「60年も生きるとできるようになるんだよ」と言うと、自分の親はそうではないな、というような返事をする子もいます。

 彼らの親は、その仕事においては専門なのでしょうが、そのすばらしさが見えないのですね。

 ぼくは彼らと同じ土俵にいるので、すごいと思うのです。

「この頭は60歳だから、もう20年もするとぼけるよ」
と言うと、

「それは困るな」という子もいました。

また、
「明日のテストの時には Yojiさん、そばに来てよ」と言う子もいました。

ぼくといっしょに、ちょっとしたアドバイスで解けるのでそう思うのです。

パープルシャドーズ「小さなスナック」、女性の立場から見ると
 パープルシャドーズ「小さなスナック」は、僕の青春時代に大ヒットした歌で、僕も大好きでよく口ずさんだものです。

 これは、男の立場から小さなスナックでの、ある女性との出会いを歌ったものです。

 さて、これは女性の立場からすると、違った解釈ができるのではないかと思ったのです。

 この女性はその男性を嫌っていたのではないか。

 小さなスナックで、一人でお酒を飲んでいると、いやらしく眺めている男がいる。

 そして話しかけてくる。いやなので返事もしない。

 そして、男に会うのがいやなので、その小さなスナックに出かけていくのもいやになって、何も言わずにスナックに通うのやめてしまった。

 そのように解釈できるのではないでしょうか。

 そう思って、詩をまずは読んでみてください。

 歌のロマンチックさを打ち壊してしまうとお叱りをうけそうですが。


小さなスナック
牧 ミエコ 作詞
今井 久 作曲

僕が初めて 君を見たのは
白い扉の小さなスナック
一人ぼっちの後ろ姿の
君のうなじがやけに細くて
いじらしかったよ

僕がその次 君を見たのも
バラにうもれた いつものスナック
ギターつまびく君の指さき
ちょっぴりふるえてつぶやくようで
可愛いかったよ

僕が初めて 君と話した
赤いレンガの 小さなスナック
見つめる僕に ただうつむいて
なにも答えず恥ずかしそうで
抱きしめたかった

今日も一人で 待っているんだ
君に会えない さびしいスナック
キャンドルライトに 面影ゆれる
どこへ行ったの可愛い君よ
忘れられない
どこへ行ったの可愛い君よ
忘れられない




NHK Eテレで「100分 de 名著」新渡戸稲造の「武士道」
 NHK Eテレの「100分de名著」をご存じですか。

「100分 de 名著」は、誰もが一度は読みたいと思いながらも、 なかなか手に取ることができない古今東西の「名著」を、25分×4回、つまり100分で 読み解く番組です。

 毎週水曜日22:00~10:25、再放送は翌週の水曜日5:35~6:00、そして11:30~11:55までです。


 今、新渡戸稲造の「武士道」をやっています。僕も日本人の道徳として武士道はとても大切だと思っています。多くの人に見てもらいたいです。

NHK Eテレの「100分de名著」新渡戸稲造の「武士道」
 第1回に先週終了し、面白かったです。今日は第2回です。

 「国家の品格」でも武士道は取り上げられていて、共感しました。






長年やってきた塾長の勘というものかな
 Shhiくんが、高校入試予想問題の数学を習いに来ました。

 比例なのか、反比例なのか判断しなければいけません。

 僕は、田の字表も使って説明しました。何とか納得してくれました。

 そして、僕はぽろっと「僕は、すぐに比例って、わかったけどね」ともらしてしまいました。

 すると、Shhi君がたずねました。
「なぜYojiさんはすぐにわかるの?」

 僕は少し考えて、「なぜかはわからないけど、頭にすぐ浮かんでくるんだよ」と答えました。

 彼は「へぇ~」と感心していました。



 お昼時に、何気なくテレビのスイッチを入れました。

 『警視庁継続捜査班』をやっています。木村佳乃が演じる娘の貴志 真奈美(きし まなみ)警部補と橋爪功が演じる父親の元刑事との会話です。記録しているのではないので、正確ではありません。

父親「彼は犯人ではないよ」
娘「なぜ彼が犯人ではないってわかるの?」
父親「長年やってきた刑事の勘というものかな」

かっこいい。
僕もそういえばよかった。

「Yojiさんは、なぜすぐそれが比例とわかったの?」

「長年やってきた塾長の勘というものかな」

1件落着!ハードディスクプレーヤー騒動
 ハードディスクプレーヤーを買いました。しかし、3回も返品するという大変な騒動でした。

 1回目は1月20日にアマゾンで注文。すぐにやってきました。


 しかし、商品を開けて、取り付けを始めた時に失敗に気づきました。
 BSが入らないのです。Kyokoは「BSが入らないのは、絶対だめだ」と言うので、返品しました。

 これは明らかに僕の失敗です。

 そして、すぐに1月28日にアマゾンで、次のものを注文しました。今度は慎重に読んでBSもちゃんと入るものにしました。これもすぐやってきました。


 そして取り付けを始めました。

 ところが、それがうまくいかないのです。全くだめなわけではなく、映ったり映つらなかったりするので厄介です。

 アンテナをテレビに直結すると、BSも地上デジタルもきれいに映ります。

 しかし、ハードディスクプレーヤーを経由するとうまくいかないのです。

 あっちにつないだり、こっちにつないだりして、いろいろやるのですが駄目です。

 分波器を別途で買わなければいけないのですが、前に使ったのがあったので、それを使いました。

 それが悪いのかと思い、新しいのも買ってきました。
 それでも駄目です。

 そのころ、ハードディスクプレーヤーが悪いのではないかと思ったのですが、十分な知識もないので、確信が持てません。

 仕方がないので、いつもなじみにしている電気屋さんOmnさんに来てもらいました。すぐに来てくれました。

 でも、Omnさんも、いろいろやるのですが、うまくいかないのです。

 もっと専門の知り合いがいるので、ということで別の電気屋のTmkさんを連れてきました。

 そして、最初はうまくいってるかに思えましたが、やはり駄目です。

 そして、結局、このハードディスクプレーヤーが不良品なのだという結論を出しました。
 僕が思った通りです。

 テレビに直結するとうまくいくのに、ハードディスクプレーヤーを経由するとだめなので、それが不良品だということになったのです。

 それで、それをアマゾンに返品しました。代わりの同じ型の商品を送ってくれるように、手続きを取りました。

 送料も着払いで、経費はかかりませんでした。そのあたりの対応をはちゃんとしているなと感心しました。
 ネットで手続きをした後、僕が不良品の発送するのと同じころにアマゾンも商品を送ってきました。

 すぐにやってきました。

 最初はうまくいったかに思われましたが、全く同じ症状が出るのです。

 それで、また電気屋のOmnさんと電気屋のTmkさんに来てもらいました。

 今度は以前よりももっと慎重に調べてくれました。

 そして結論は、このディスクそのものが、かなり高いレベルの電波しかキャッチしない、ということでした。

 僕の住んでるところは、特に電波が悪いわけではありません。これまでそういうことで不自由を感じたことはありません

 それでもこの電波をキャッチしてくれないということなのです。

 電気屋さんは、ディスクを持っていって、さらに調べてくれました。

 やはり、高いレベルの電波でないとキャッチしなかったそうです。

 それで3回目の返品を行いました。今度は交換ではなく、返金してもらうことにしました。

 そして、電気屋のTmkさんの勧めるブルーレイハードディスクプレーヤーをTmkさんから買いました。

 ブルーレイはそれほど必要だとは思わないのですが、いろいろお世話になったし、また使わないとも限らないのでそれにしました。

 それで今はそれを使っています。今のところ順調です。

 これで何とか1件落着です。

高校紛争 1969~1970 - 「闘争」の歴史と証言 (中公新書 2149)
 中公新書の「高校紛争」が著者の小林哲夫さんから届きました。

 その222ページから 224ページにかけて、僕が登場します。「首里高校」の節です。



 そのきっかけは、このブログで
コザ暴動その後 -首里高校1200人が米民政府に押しかけて抗議を書いたことです。

 それをジャーナリストの小林哲夫さんが読み、僕に取材の申し入れがありました。首里高校の仲間にも集まってもらいました。

 それについては次の記事で紹介しました。

40年前の抗議行動、取材の集い

 
 そして、今回それが本になったのです。

 僕らの活動をこのように紹介してくれてうれしく、思います。著者の小林哲夫さんに感謝しております。

 また、ブログを書くことによって、このようなことが起こるということは面白いと思いました。

 小林さんは、この取材のために沖縄にもいらっしゃいました。
 首里高校の記述のほかにも、沖縄関係の記述があるので、その取材も兼ねていたのでしょうが、わずか2ページ余りの記述ために、いろんな情報を集めているのだと思い、感心しました。

国立劇場おきなわで文楽「摂州合邦辻 -合邦住家の段-」を観劇
 きのう2月25日土曜日は国立劇場おきなわで文楽を観劇しました。

 妻Kyokoと一緒に出かけ、会場で母、兄、嫂、甥と一緒になりました。

途中、とても渋滞したので、遅刻してしまいました。

 とてもよかったです。太夫の語りは何とか聞き取れるようでしたが、字幕もあったので、よく理解できました。

 人形は動作で物語っていましたが、やはり顔の表情はありません。

 その分太夫が、ものすごい熱演をしていて、表情豊かです。

 汗だくになりながら声を張り上げ、顔にもすごい表情があり、いろいろなことを語っていました。

 話の筋としては、少し無理があるかなとは思いましたが、物語としてみれば、面白かったです。

 先日、Eテレの「100分de名著」で「武士道」をやっていました。

 日本人の不思議なほほえみは日本人でなければ理解しにくいと言っていましたが、、この話も、日本人でなければ理解するのは難しいかなと感じました。


企画公演 「文楽公演」 夜の部 ~ 景事・時代物 ~



■ 「摂州合邦辻 -合邦住家の段-」
  (せっしゅうがっぽうがつじ -がっぽうすみかのだん-)

せっしゅうがっぽうがつじ せつしうがつぱうがつじ 【摂州合邦辻】
人形浄瑠璃。時代物。菅専助・若竹笛躬(ふえみ)合作。1773年初演。通称「合邦」。能「弱法師(よろぼうし)」、説教節「愛護若」などを原拠とした浄瑠璃「弱法師」「莠伶人吾妻雛形(ふたばのれいじんあずまのひながた)」からの影響作。継子俊徳丸へ道ならぬ恋をしかけた玉手御前は、父合邦に刺されてのち、それが悪臣から俊徳丸を救う苦肉の策であったことを明かす。下の巻「合邦内」の段が有名。
三省堂 大辞林



慶良間(けらまー)見(み)ーてぃん、睫毛(まつげー)見ーらん

一昨日の夜、パラパラ動画をアップするのにとても苦労しました。2~3時間はついやしてしまいました。

ゆで卵が落ちる、大気圧の実験
http://gickr.com/でやりました。

 4月から、朝日小学生新聞で小学6年生の算数の連載が始まるので、それに向けて仕事が詰まっているのですが、つい夢中になって、時間がかかってしまいました。

 実は、以前に動画のアップに成功しています。ところが、どのようにやったのか全く覚えていません。

 それでインターネットで、フリーのソフトがないか、いろいろ調べてやるのですが、なかなかうまくいかないのです。

 とりあえず、何とかアップしたので、それで帰りました。

 ところが、不満だったので、きのうも少しネット上をさがしてみました。

 すると、なんと、Windows Vistaに標準搭載されているとのことなのです。

 次のページで知ることができました。
Windows ムービー メーカー - k本的に無料ソフト・フリーソフト
windowsムービーメーカー


 それが分かってあとは、比較的楽にアップすることができました。

パラパラ動画アニメを fc2のブログに掲載アップすることに成功

 自分のためにも、また忘れないようにここに記しておきます。

 これが「灯台下暗し」というのでしょうね。

 沖縄のことわざに、
「慶良間(けらまー)見(み)ーてぃん、睫毛(まつげー)見ーらん」
(慶良間は見えても、睫毛は見えない)というのがあります。

 僕の生まれ育った首里から、慶良間諸島が見えます。離れ島でそれなりに距離があるのですが見えるのです。
 しかし、自分の睫毛は見えません。

 身近にあるのが見えないという意味ですね。

 今回は自分が使ってるコンピューターに標準装備されているのに、ネット上を探して、時間がかかってしまったのです。

 ネットで調べると、「見ーてぃん」ではなく、「見ーしが」になっています。
「見ーてぃん」だと、「見えても」
「見ーしが」だと「見えるが」になります。

 どれでも意味は通ります。ぼくの記憶違いかもしれまえんが、すーっと頭に浮かんだのは「見ーてぃん」だったので、それで書きました。

スリランカやインドでも、スプーンやフ っォークでカレーを食べるようになるかも
 現地ガイドのアショーカさんにお願いして、地元の人がよく入る食堂に案内してもらいました。

 そこでカレーを食べたのですが、地元の人たちは、スプーンやフォークを使わず、素手でカレーを食べていました。

 それはガイドブックにも書いてあったので、別に驚かず、やはりと思っただけです。

 僕もまねようと少しは思いましたが、うまく食べられないだろうと思い、スプーンを使って食べました。

 現地ガイドのアショーカさんも、ドライバーも席を一緒にしましたが、手を使ってうまく食べていました。

 さて、元首都で都会の、コロンボから、帰りの飛行場に向かう途中、食堂にはいりました。

 ファストフード的なきれいな食堂です。

 周りの人たちを見ると、スプーンやフォークを使って食べている人たちがけっこうをいるのです。

 それで、僕は現地ガイドのアショーカさんにたずねました。
「スプーンやフォークを使って食べている人がいますが、料理の種類なのですか、それともフォークやナイフを使う習慣が出てきたのですか」と。

 アショーカさんが答えました。
「最近はスプーンやフォークを使う人たちも出てきているのです」

 家族連れのようなグループがありました。両親らしき人を見ると、手を使ってカレーを食べていますが、子どもたちはフォークやナイフを使っているのです。

 若い人たちは伝統的な、手を使う食べ方をしなくなっているのでしょう。ここは都会だからかもしれません。

 でも、都会の若者たちを中心に、素手ではなく、スプーンやフォークで食べるようになってきているのです。

 僕はそういう習慣は加速度的に広がるのではないかと思います。

 数10年もすると、
「昔はスプーンやフォークを使わずに、素手でカレーライスを食べていたんだよ」とを語られるのかもしれませんね。

モンゴス現れる
 スリランカでは、とても身近でいろいろな動物を見ることができました。

 野良犬が多いことは前に書きました。

 猫もいましたが、それほど数は多くありませんでした。

 サルは数多く見かけました。3種類のサルがいるそうです。人間を全く怖がる様子がなく、かなり近くで、悠々と遊んでいました。

 サギでしょうか、白い鳥が数多くいました。

 孔雀もいました。僕は、孔雀というのは動物園にいるという観念がありますが、車の窓の外に孔雀がいるのでびっくりしてしまいました。

 リスも何度か見ました。さすがに身近ではなかったのですが、木の上で静かにしていました。
 人間を怖がる様子にはあまり見えませんでした。

 鹿もみました。

 ドライバーが、そのような動物を見かけると、車をとめて僕らに教えてくれるのです。

 さて、車を走らせていると、現地ガイドのアショーカさんが
「モンゴスです」と云いました。

 僕が視線をそこに向けたときには、それはもう見えません。ネズミのような動物だそうです。

 さて、ゾウを見るために、オフロードカーに乗っているときです。

 マングースーが見えました。
「マングースーだ」と僕が指さすと、アショーカさんが
「あれがモンゴスです」というのです。

 間違いなくあれはマングースーです。

 沖縄ではキビ畑から出てきたマングースーが、道を横切るのをよく見かけます。
 僕も何度も見ているので、マングースをよく知っています。

 アショーカさんに、「あれは、毒ヘビもやっつける動物ですか」と訊くと
「そう、そう」と答えました。

 マングースーに間違いありません。

 マングースはインドからハブをやっつけるために連れてこられたと聞いています。

 スリランカでは、それを「モンゴス」というのでしょう。

 「モンゴス」が「マングースー」という音に変わったのは容易に理解できます。

ミドルネームを旧姓で
 FaceBookの友達が増えるスピードがすごいです。
 もう116人になりました。mixiと比べるとまだ入って間もないのですが、すでに上回っています。mixiの友人は現在73人。

 それは、まず本名が出るからでしょうね。

 そのほかにも、FaceBookでは、いろいろな手を使った友達を探す手段が備わっています。

 先日、「コネクションサーチ」というのをクリックしてみました。

 すると、高校の同期生の名前が4人。僕らの年代でFaceBookをしている人はとても少ないですね。

 でも、このように同期生を簡単に探せるのはすごいです。

 さて、男性の場合には、ほとんど結婚しても名前が変わりません。

 だから、知り合いなら、だれなのかすぐにわかります。

 でも女性の場合には、ふつう、結婚したら名前が変わります。

 するともう誰なのかわかりません。名(ファーストネーム)が変わったものならば予測はできますが。

 そこで考えたのですが、ミドルネームとして、旧姓を使ってみてはどうでしょうか。

 西洋にはミドルネームというものがあります。どういうものなのか、詳しくはわからないのですが、とにかく、姓(ファミリーネーム)、名(ファーストネーム)のほかに、ミドルネームというのがあるのですね。

FaceBookにもミドルネームの欄があったと思います。世界的なものですから当然です。

 そこに「ミドルネーム(または旧姓)」という書式にしてしまえば、名前が変わった人はそこに旧姓を書くはずです。

 すると、高校の同期生でもすぐに特定することができます。

 僕の知り合い、中学・高校の同期生、の女性は、外国の方と結婚しました。そしてミドルネームとして旧姓を使っています。だからすぐに特定できました。

 ぜひそうしてもらいたいものです。

僕は日本人に見えない???
 スリランカでのことです。ハーブ園から出てきた現地ガイドのアショーカさんが言いました。

「ここの人に、『いつもは日本人をガイドするのに、今日は違うのか?』と言われました

 これまでも、あちこちで同じようなことを言われました」と。
 
 僕の長髪と髭を見て、日本人には見えないようです。

「皆さん、格好いいと言っていますよ」とつけ加えました。

 お世辞かもしれませんが、悪い気はしません。

 そういえば、わざわざ写真を写させて欲しいという人もいました。
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