セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

糸ようじホルダー(デンタルフロスハンドル)
 半年ほど前に、歯医者に行って歯の掃除をしてもらいました。
 その時に、歯間ブラシと糸ようじを使っていました。

 話を伺うと使った方が綺麗になるとのこと。素直の僕は帰ってすぐに準備をして始めました。

 糸ようじは、ホルダーの付いたものを最初は使っていました。
 でも使い終わるとそれを捨てるのはもったいないです。

 糸の部分だけが汚れるのですから、そこだけ交換できるようにならないかなと思います。

 糸を指にまいてもできるようですが、結構難しそうです。

 糸の部分だけ交換出来できるのはないか、と Amazon を探すとありました。

 ハンドル(ホルダー)があって、それに糸を付けるのです。

 半年ほど使っていますがなかなかいいです。しっかり糸が固定できます。歯の間が綺麗になるように感じています。

 おすすめです 。


人間に「ポチ」という名をつけたら
 さだまさしの歌「関白失脚」の歌詞に次のようなのがありますね。

いつもポチと二人、
ゆうべのカレー、チンして食べる。


 ポチが犬だというのは歌詞の中にはありません。
それでもぼくらは犬だと思いますね。
 もうこれは日本人の常識です。

 それで、ふと考えました。

 もし、ポチという名を人間につけたらどうなるかなと。
 多分いじめにあうでしょうね。

 「ポチ、はい、お手して」なんて言われるでしょう。

 だいぶ前に「悪魔」という名を子どもにつけようとして、役場にストップをかけられたというニュースが飛び交いました。

 名前を付けるのは親の自由だろう、と親は言っていましたが、結局は親が折れたと、僕は記憶しています。

 ポチと名前を届けても役場は拒否するのでしょうね。

 ふと、どうでもいいことですが、思ったことを書いてみました。

初代行政主席比嘉秀平の銅像
 初代琉球政府行政主席の比嘉秀平氏の銅像を見てきました。
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 比嘉秀平さんは 読谷村大木の生まれです。
 太平洋戦争(沖縄戦)の後、沖縄はアメリカ施政権のもとにおかれます。そ球琉球政府の初代の行政主席が比嘉秀平さんです。

 比嘉秀平氏のことを僕は読谷に来るまで全く知りませんでした。
 舅の曽根信一に教えてもらいました。

 子どもの頃にサトウキビ絞りに右手を挟まれて失ったこと。
 早稲田大学の英文科に進み英語が得意だったこと。
 そのためにアメリカ政府との交渉もよくできたので行政主席になったとのこと。などなど。

 英語力だけではなかったのでしょうが、あの時代ですから、大きな力になったのでしょう。

 琉球政府の最後の行政主席は読谷村瀬名波の屋良朝苗さんですね。

 アメリカ施政権下の琉球政府で、初代と最後の行政主席が読谷から出ているのですね。

 屋良さんのことは子どもたちもよく知っていますが、比嘉秀平さんのことは、読谷に住む多くの人も知らないのではないでしょうか。

 銅像は大木公民館のすぐ後ろにあります。

 僕は35年ほど前に、読谷に住むようになってすぐに舅の曽根信一に連れられて、それを見ました。

 母は比嘉秀平さんのことをよく知っていました。それで、ぜひ銅像を見たいとのことだったので、連れて行きました。

 35年前に見た時にはまわりには建物がほとんど全くなかったのですが、今はすぐ近くにアパートも立っています。


 友人のHiroくんが、フェイスブックにコメントしてくれました。

以前先輩から聞いた話なんだけど
比嘉秀平は 非常に優秀な人だったけど校長先生になれなかった
片腕 で御真影を 持つことが許されなかった
興味深いでしょ


 興味深い話ですね。戦前の日本ならありそうです。




  そこに書かれていた「比嘉秀平顕彰の記」と「略歴」を書き写しました。間違いがあるかもしれませんが、ご了承ください。



比嘉秀平顕彰の記
先生の御生前の御偉
業を偲び御功績を讃
え心熱き教育者政治
家比嘉秀平良生の御
遺徳を限りなく慕う
ため時の流れに刻み
附設に心ゆるぎなき
殊に創り磨き称慕と
感謝とふせつの悠久
をここに顕彰する
昭和五十六年八月十八日
字大木比嘉秀平先生
銅像建立委員会


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略歴

初代行政主席比嘉秀平先生御※?厂
明治34年6月7日
  読谷村字大木で御出生
明治41年4月・大正3年3月
  読谷読谷村古堅尋常高等小学校
大正3年4月・大正8年3月
  沖縄県立第2中学校
大正9年4月・大正14年3月
  早稲田大学英文学部
大正14年4月・昭和3年3月
  和歌山県高野山中学校教諭
昭和3年4月・昭和14年3月
  沖縄県立第二中学校教諭
昭和14年4月・昭和20年7月
  沖縄県立第三中学校教諭
昭和20年9月・昭和21年3月
  沖縄沖縄諮詢委員会翻譯部長
昭和31年4月昭和25年3月
  沖縄民政府渉外部長
昭和25年4月昭和25年5月
  臨時琉球諮詢委員会委員
昭和26年4月・昭和27年3月
  琉球臨時中央政府行政主席
昭和27年4月・昭和31年10月
  琉球政府初代行政主席
昭和31年10月25日
  主席在任中急逝


 ※ 「?厂」は「略歴」かな
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次は大木公民館の地図です。そのすぐ裏にあります。
大木公民館の地図

最近 Google の音声認識でユーザーの言葉が認識されない
  Google の音声認識入力をよく利用しています。

 しばらく前までは、僕が個人的に使う言葉もよく認識してくれました。個人的に使う言葉というのは、家族や友人、知人などの名前です。

 最初は、もちろん認識してくれなかったのですが、手動で入力し直していたからなのか、そのうちに見事に認識して、入力してくれました。電話帳にある名前も参考にしていたのかもしれません。

 すごく進化したものだと感心したものです。

 ところが、2週間ほど前からか、それが全く認識されなくなっています。
 一人だけではなく、すべての人に対してです。

 多分 Google のスーパーコンピューターの方で何かをいじったのでしょうね。 Google の方でも試行錯誤をしているのかもしれません。

 そのうちに、また認識してくれることを願っています。



 ついでに、もう一つ別のことを書きます。

  Google の音声認識では句読点を打つことができません。
 僕は一通り音声で入力をしてから、手動で句読点を打っています。

  iPad を借りて使ったことがあります.
そこでは「まる」「てん」と言うと、句読点に直してくれるのです。

 そのような機能が Google の音声認識でもできないかと色々探したのですが、まだ駄目なようです。

 早めにそれも改善してもらいたいです。
 できれば文章の流れを見て、自動的に句読点を打ってくれたら、さらに良いのですが。

 間があると読点、終止形で終わってしばらく間があると句点を打ってくれるということです。

なぜ、送電線は高圧なのか。
 きのうは、なぜ
「導線間の電圧は、なぜ0になるのか」

 を書きました。

 さて、発電所で作った電気を家庭に送る線を送電線といいますが、高圧線ともいうように、電圧が高くなっています。なぜでしょうか。

 きのうのブログにも書きましたが、導線間の電圧は、0Vに近いのですが、完全に0Vではありません。
 できるだけ導線の電気抵抗が小さいのを使うのですが、それでも0Ωにはならないからです。

 送電線のように長い距離になると、抵抗も大きくなります。それでそこで電気エネルギーが消費されてしまうのです。電線が熱くなり、熱エネルギーとなって逃げていくのです。

 そのために、送電線では高圧にして、消費される電気エネルギーが小さくなるように工夫しているのです。

 それでは、なぜ電圧が高くなると、電気エネルギーの消費が小さくなるのかです。

 電気エネルギー=電力×時間 です。

 電力=電圧×電流 ですね。

 この式から、同じ電力なら、電圧が大きくなると電流は小さくなることが分かりますね。

 同じ電力を送るなら、電圧を大きくして、電流を小さくすると、消費される電力は小さくてすむのです。

 具体的に数字を使って説明します。実際の送電線ではとても大きな電力を送るのですが、分かりやすいように、小さな値を使います。

 いま、1000Wの電力を家庭に送ります。送電線の抵抗は行きに1Ω、帰りも1Ωとします。
高圧線1

 そういう条件で、電圧が100Vのときと200Vのときで比較します。


 まず、電圧が100V場合、
 送る電力は1000W. 電圧が100Vだと、電流は10Aになりますね。( 電力=電圧×電流 )

 行きの導線の抵抗は1Ωです。そこを10Aの電流が流れているので、そこでの電圧は10V。 ( 電圧=電流×電気抵抗 )

 帰りの導線も同じく10V 。

 直列の場合、全体の電圧=部分の電圧の和 ですね。

 だから、100V=10V+10V+(家庭での電圧)
 
 それで、家庭での電圧=80V です。

 流れる電流はどこも同じなので10A。

 だから家庭で消費できる電力は、80V×10A=800W 
高圧線2

 1000Wの電力を送ったのに家庭で消費できるのは800W
 200Wは、導線の部分で消費されて、無駄になったのですね。


 次は、電圧が200V場合、
 送る電力は1000W. 電圧が200Vだと、電流は5A。

 行きの導線の抵抗は1Ω。そこを5Aの電流が流れているので、そこでの電圧は5V。
 帰りの導線も同じく5V 。

 直列の場合、全体の電圧=部分の電圧の和 なので、
 200V=5V+5V+(家庭での電圧)
 
 それで、家庭での電圧=190V です。

 流れる電流はどこも同じなので5A。

 だから家庭で消費できる電力は、190V×5A=950W 
高圧線3

 1000Wの電力を200Vで送ると、家庭で消費できるのは950W
 無駄になったのは50V

 まとめると、1000Wの電力を

100Vで送ると、800W届き、200Wの無駄
200Vで送ると、950W届き、50Wの無駄

 このように、高電圧で送った方が無駄は少なくてすむのですね。

導線間の電圧は、なぜ0になるのか
くまのみさんから質問メールをいただきました。くまのみさんは度々質問をしてくださる方です。いつもありがとうございます。

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送信者:くまのみ
日付:2017/02/05 17:37:23
件名:導線の電圧
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こんばんわ。お世話になります。中学生の電流の単元で電圧測定をさせたとき、導線間の電圧は0になります。生徒は疑問をもつのですが、教科書にはそうなるという結果しかのせていません。このときの教え方として、「電圧は電流を流す働きをするものだから、導線は電流をよく通すからその働きがほとんどいらないので電圧はほぼ0になる」という教え方をしてもいいのでしょうか。簡単に理解させたいのです。よろしくお願いします。
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 くまのみさんが書かれているように、
 「電圧は電流を流す働きをするものだから、導線は電流をよく通すからその働きがほとんどいらない」と教えてもいいと思います。

 でも、せっかくですので、僕なりに説明を加えます。

 電池、発電機などで、電気のエネルギーを作り出しますね。

 その電気のエネルギーで、光を作ったり、熱を発生させたりして、私たちの役に立てるのです。

 その他、モーターで力を作ったり、音楽などを聴くこともできます。

 そのために電気を使うのですが、そこでは電圧が高くなります。
 電気を使って仕事をする、そのときには電圧がかかるのです。

 電気のエネルギーが使われる所だと考えていいでしょう。

 ところが、導線というのは、その電気のエネルギーを使うところまで運ぶだけです。その間では、できるだけエネルギーを消耗したくないわけですね。

 舗装されていない道路を、舗装して通りやすくしていくのようなものです。リニアモーターカーでは車体を浮き上がらせて、さらに通りやすくします。

 導線には、そのために電気が通りやすいものが使われているのです。
 よく使われているのは銅ですね。銅は電気が通りやすい物質なのです。

 実は、銀の方が、銅よりさらに電気を通しやすいのです。でも銀だとコストがかかりすぎます。それでよく銅が使われているということです。

 その導線を通るときには、エネルギーがほとんど使われないので、電圧が0にかなり近くなるということです。ただ、実際には全くゼロというわけではないのですが、電圧計では測れないくらいだということでしょう。

古着deワクチン【赤すぐ】
 古着の処分については多くの主婦が悩んでいるようです。

 まだまだ使えるのに、太ってきたので着ることができない、その他いろいろな理由で着なくなっている古着です。

 それを、ただただ捨てるのももったいないと思っているのですね。

 僕の妻もそうでしたが、最近は「古着でワクチン赤すぐ」をよく利用しています。

 それは、「赤すぐ」から専用の伝票を1000円(税込み1080円)で買い、古着をダンボールに入れて送ります。その時の送料はいらないとのこと。

 1000円出して、古着を処分するのです。それらの古着は開発途上国で利用され、ワクチンにもなるということです。

 ただただ捨てているのとは違うので、気分的に良いのでしょう。

 専用伝票は5枚まとめて注文すると伝票の送料が無料になります。
 それで妻は、身近な人に声をかけて5人集めて注文しています。ネットで注文するのは僕の役目。

 多くの人が古着の処分については悩んでいるようで、周りの人には評判が良いようです。

 詳しくは次のページで


古着を処分することでワクチンを寄付できる

池上彰「子どもたちは、当時の私にとって、デスクであり、先生でもありました」
 池上彰さんは、よくご存知ですね。難しいニュースなどを、とてもわかりやすい解説してくれるので有名です。

 さて池上彰さんの
 『「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える 伝える力』を読み始めました。

 その20ページに、次のようにあります。

 

この「週刊こどもニュース」では、本当に勉強をさせてもらいました。誰にかと言えば、それはなんといっても、子どもたちにです。
 子どもたちは当時の私にとって、デスクであり、先生でもありました。
 大人には通じる〝常識″が、子どもには通じない。知識も社会経験も、大人に比べると少ないのですから当たり前です。
 その子どもたちに、どうやって世の中で起きてる事件や事故、出来事をわかりやすく伝えるか、これが大変だったのです。


 そういう気持ちで色々な出来事やニュースなどを説明するので分かりやすいのですね。

 僕は以前に、
 理解力の低い生徒は厳しい先生

 を書きました。

 理解力の高い生徒を教えるのは、とても楽なことです。教科書に書いてあることを、そのまま話せば、すぐに理解してわかってくれます。

 でも、理解力の低い生徒には、それでは分かってもらえず、できるようになりません。

 その子達に分かってもらうためにはどうするのか、色々と勉強もし、工夫もしました。

 そのために、僕は自分の教える力がついてきたように思います。
 ということで、ぼくの姿勢と池上彰さんの姿勢は似ているな、と感じたのです。


「天皇」と「天皇陛下」の使い分け
 天皇の退位問題がクローズアップされ、最近はニュースでよく見聞きします。

 さてその時に「天皇」と「天皇陛下」という言葉を使い分けていることに気づきました。

 僕はこれまで「天皇」と「天皇陛下」が違うことは知りませんでした。

 ただ、それを知らなくてもニュースでは理解できるようにテレビ局などでは工夫しているようです。

 「全ての天皇」「天皇陛下一代限り」というように言っています。これだと、違いは意識しなくても理解できます。

 これを聞いて、僕は使い分けてると思ったのです。

 要するに「天皇」という時には普通名詞でしょうね。「昭和天皇」「大正天皇」「明治天皇」なども、そして今後現れるだろう「天皇」も全て「天皇」です。

 それに対して「天皇陛下」というのは「現在の天皇」について言っているのです。今上天皇ですね。そして、たぶん「平成天皇」になる人です。

 その人のことを言うときには「天皇陛下」と言っているのです。
 「陛下」というのは天皇や皇后などにつける敬称だそうです。まあ「天皇様」ということでしょうか。

 しんぶん赤旗で見ると「現天皇」と言っています。こちらの方がすぐわかりますね。

私にとって、依頼そのものが報酬である
 先日テレビで「探偵少女アリサの事件簿」を見ました。
探偵少女アリサの事件簿|テレビ朝日

 ドラマ自体も面白く見ましたが、
 その中でシャーロックホームズのセリフに

 「私にとって、依頼そのものが報酬である(The work is its own reward.)」

というのがあるとのこと。

 それを聞いた時、僕は「分かる、分かる、僕もそうだ」と思いました。

 あのシャーロックホームズと同じだというのは、厚かましいのですが、僕にとっても
「依頼そのものが報酬である」です。

 僕のところに、質問メールが届くことがあります。

 そういうのが届いた時には、嬉しいですね。
 頼られているのがうれしいのです。

 そういうときは、よしうまく答えてやろうと、やる気になります。

 お金いくらかもらえるわけではないのですが、それこそが報酬になっているのですね。

 ということなので、ご遠慮なく依頼してくれるとうれしいです。

 さて、僕がテレビを見ながら「僕もわかるよ」と言うと、妻が
 「あなたにとってもそうだというのも分かるよ」言いました。

 パソコン教室の生徒が、教えてほしいという質問の電話がくると、うれしそうに答えているとのこと。

 ばればれですね。

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