セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

ベトナム、ハノイの治安はとても良い
 弟が財布をお尻のポケットに入れました。
 僕はそれを見て「ハノイは治安が良いんだね」と彼に言うと、

「いけないとは思うんだけども、クセになっている。それにこんな風にしても被害にあったことはないし」と返ってきました。

やはり治安が良いんですね。

街を歩いていて、別の男性がやはりお尻のポケットに財布を入れるのを見たことがあります。

 それから街頭でお金を広げている人も度々みました。

 海外旅行では、添乗員から、人がいるところでお金を広げてはいけない、お金を持っているという事を教えるようなものだからと注意されます。

ここではお金を広げても取ろうとする人がいないのでしょうね 。

 夜一人で歩いたこともあります。身の危険を感じることは全くありませんでした。

 もちろん度々書いていますが、道を横断する時などバイクにはとても注意しないといけないのですが。

ベトナムハノイの治安はとても良いのです。


ベトナムにはエネルギーを感じる


ベトナムに来て感じることはエネルギーです。

 ベトナムのハノイは人が多いです。そしてよく動いている。若い人が多い気もする。

 バイクが多く、人が動くのがはっきり分かるからかもしれません。

それに比べると車は人を感じないし、静かです。

東京はハノイ以上に人が多い。

ただ東京の場合にはその動きが整然としています。

車の動きはもちろんベトナムと比べ物にならないくらい整然としています。前に書きましたが、ベトナムは赤信号でも突っ込みます。

人の動きも一定の方向に動いていることが東京では多い。

それに比べてベトナムは雑然としています。
動きが読めない。

とにかくそれぞれがバラバラに動いているという感じです。

街の中を歩くと、この人たちは何をしているだろうと言う感じで、じっと座っている人も確かにいます。

僕が彼らは何をしてるんだろうと言うと弟は「バイクタクシーで客待ちをしているんだ」とのこと。

聞いてみないと分からないものです。

とにかく座っている人もいますが、全体的に動いている。

遊びのために動いてるかもしれませんが、とにかくエネルギーを感じるのです。

そのエネルギーでぼくもかき回されそうです。

ベトナム人女性は大食い
ベトナムの女性はスマートですね。確かにそうです。

今僕はベトナムにいます。ベトナムにいた弟が定年退職になり引き上げるのでその手伝いをしなさいと妻に言われたので来ています。

 でも 手伝いはしないでただ観光だけ。

 さて弟の 職場の女性達が送別会をしたいと言うので 夕食を共にしました。20年前の 創業当時から勤めていたという4人の女性です。アラフォーです。
 
 スリムと言うほどではないのですが、中肉と言う感じ。若いころはスリムだったのでしょう。

相撲バーベキューというレストラン。 相撲と言うので和食かと思いきや、韓国の焼肉料理です。

その食べ放題のコースを注文したようです。 僕も弟もそれなりに食べます。 

 最初はみんなと同じようなペースで食べていました。でもある程度くるとも満腹で入りません。ギブアップです。

でも彼女たちは どんどん食べていくのです。 これでまだ注文するのかと呆れながらも 4皿5皿は注文したと思います。

それからすし、 混ぜご飯の様なものも。

そしてデザート。 一人の女の子は アイスクリームを3つも食べています。

彼女たちが鍋料理をにするかと言ったのですが、弟が僕らはいらないと言うと彼女たちも遠慮してやめました。

ベトナムでは最後は鍋でしめるそうです。残念そうです。

正直呆れてしまうぐらい食べました。

ベトナムの女性は体型はスリムですがかなりの大食家のようです。

この段階では4人だけのこと。 サンプルとしては少ないですね。弟に尋ねると一般的にそうだとのこと。

昨日セルフ子のH さんと食事を共にしました。彼女はハノイにいます。

その場で ベトナム人女性はよく食べるかと聞くと よく食べるとのこと。やはり大食いなのだそうです 。

やはり一般的にそうなのかもしれません。
DNA が違うのでしょうね 。

テレビを見るとよく食べるが太らない 人がいますね。ベトナムの女性は一般的にそうなのかもしれません。

もっとサンプルを多くして調べたら面白いかも。

ベトナムにとっての沖縄

ベトナムハノイにいます。
今日は 1010年から1804年の間都が置かれた世界遺産タンロン遺跡(ハノイ城跡)に行きました。

 地球の歩き方に次の一節があります

  ドアン門のすぐ裏の建物の西側にも地下室があり、こちらも公開されている。
  壁に貼られた手書きの地図にはアメリカ軍の基地があった日本の沖縄もマーキングされており、ベトナム戦争時の日本とベトナムの微妙な関係も見て取れる 。

 沖縄に住む僕らにとってもベトナムは大きな存在でしたが、ベトナムから見ても沖縄は大きな存在だったのですね

 と言うことでその地図も探しました。
 そして見つかりました。次の写真

ベトナム人にとって沖縄はどうだったのか気になります。

 長年ベトナムに住んでいる弟に尋ねてみました。

 ベトナム戦争で 日本はアメリカの協力者だった。だから 日本のことをベトナム人は 恨んでいたりするのではないか。特に沖縄の米軍基地からB52が飛び立ち直接ベトナムに行き爆撃した。

 すると彼は言いました。

 若い者は知らないが、年配の人は沖縄のことをよく知っている。
 沖縄はベトナム戦争に反対し、 アメリカ軍基地撤去も要求していた。
 沖縄はアメリカの植民地のような扱いを受け、それに立ち向かっていた。

そして今でもアメリカ軍基地に反対している。

  ベトナムの人達は沖縄のことを良いように見ていてくれてるのですね。

  アメリカ軍基地撤去運動にも、辺野古基地反対にも頑張らなければと思います。

  さて今日は セルフ子のHさんに 会い、いっしょに食事しました。

彼女はベトナムハノイに住んでいるのです。 facebook で知っていました

久しぶりに会って楽しいひと時を過ごしました 。 

 さて、彼女がベトナムに行く ということになった時 、おじいさんが
 なぜあんなところに行くのだ 。ベトナム人は日本人を憎んでいるはずだ。ひどい目にあうよと

おじいさんは米軍基地に勤めていたので アメリカ軍人が ベトナム戦争でどのようなめにあったかもよく知っていたとのこと。

 そのような心配もするのは、ぼくだけではないのですね。

しかし、Hさんはベトナム人はとても親日だと強調していました。

赤信号でもつっこんでくるベトナムのバイク

ベトナムに来ています。
ここのバイクの運転ルールを守らないのはすごいです。最初はびっくり、 そしてそれを通りすぎておかしくて。楽しくなります。

自分にまだ被害がないからかな。

ヘルメットをかぶらないのは当たり前。
ベトナムに何年も住んでいる弟に尋ねるとヘルメット着用は義務とのこと。
 
それから3人乗りは数え切れないほど、そして4人乗りをしている のも何度も見ました。

後部座席で横座りも普通に見られます。 一度は横座りをしていて警察官に捕まるのを 目撃しました。

そして逆走をするバイクも頻繁に見ました。 僕らもちょっとここを逆走すれば楽だけど と思うところをそうせずに遠回りすることがありますね。

ここでは遠回りすることはないのです。 近ければすぐに逆走という感じ。

たいていは道の端を逆走しますが真ん中を走るのも目撃。

さて 極め付きは信号無視です。

かなり大きな通りで。
最初はびっくりして見ていました。 確かめるため、15分から20分ほどゆっくり立ち止まって見ていました。

すると赤信号でも交差点にそのまま突っ込んでくるのです。

沖縄にも信号無視をするバイクはいますがそれは例外 。ここではすべてのバイクがです。女性のライダーも。例外ではないのです。

反対側の青信号の車ももちろんそのまま進行します。

そこを お互いにぶつからないようにうまく避けているのですね。

これでよくぶつからないものだと感心してみていました。

マスゲームでお互いに90度交差するのですがスムーズに通り抜けるのがありますね。あれに似た感じ。

さて次の日 ここは信号を守ってちゃんと止まっているね、と弟に話すと、ここは警察官が見張っているからだとのこと。

そういえば交差点に警察官が立っています。何をするわけでもないのですがやはり見張られていると 信号を守るのですね。

郊外には 警察官がいないので信号を守らないが、市内は交差点に 警察官が立っていることが多いので信号が守られるのだそうです。

ベトナムで道を横断する


ベトナム、ハノイに来ています。

みなさんご存知のようにベトナムは経済的に発展し、オートバイがすごく多いところです。

そこで道を横断するのがたいへんです。
横断歩道はあってもなきがごとし。

日本では横断するときには渡る動作をし、運転手を見て渡るよと目で伝えると止まってくれるのを待ちますね。

ここではそれは通用しません。

どうするか。
運転手の方は見ないで、前を向き、ひたすら前にすすむのです。すると、運転手の方が避けてくれたり、ちょっとブレーキを踏んだリしてくれます。

それで事故に合うこともなく、渡ることがてきるのです。

横断歩道がないところでもまったく同じです。前を向いてひたすら歩くのです。

 何年もベトナムに住んでいる弟は、特に横断歩道を探す様子もなく、道を横切ります。

 ぼくは弟の背中を見ながら、置いていかれないように必死に歩いています。
 

ベトナム ハノイに来ています
ベトナムハノイに来ています。
弟が琉球ガラスに勤めていて、沖縄とベトナムを行き来していました。それが定年退職になり、ベトナムを引き払うとのこと。

 Kyokoが引っ越しを手伝って来たらと言うので ベトナム行きが決定しました。

  ベトナムは僕にとってはよその国とは違います。ベトナム戦争です。

 ベトナム戦争は僕が3祭の時に始まり、そして大学生のときに終わりました。

 高校生の頃沖縄復帰運動が盛んで、僕もデモ行進は参加しました。

 そこでよく歌われたのが「一坪たりとも渡すまい」

 その歌に

黒い殺人機が今日も
ベトナムの友を撃ちに行く
世界を結ぶこの空を
再び戦(いくさ)で汚すまい



というのがあります。「沖縄を返せ」といっしょに何度も歌ったので覚えています。

沖縄の嘉手納基地から B52が飛び立ってベトナムの攻撃をしたのです。強烈な印象があります。

 一度は訪ねてみたいと思っていた国。

  特にそういうベトナム戦争を訪ねての旅をする予定ではないのですが、なんとなくそれを思いました。

きようは移動だげです。

眼球の運動
 僕もやはり老眼です。
 でも僕と同じ年代の人たちに比べると、視力は良い方だと思います。

 普段は眼鏡をかけていません。

 40歳の頃に老眼が始まったので、100円ショップで老眼鏡を買ったのですが、使っていません。その後も自分のメガネ(ガラスの)は持っていません。

 ただ新聞や本を読むのは少しきついので、100円ショップで買ったピンホールメガネを使っています。

 それが老眼をの進行をおさえているのではないかと僕は思っています。
 僕だけの経験なので何とも言えませんが。

 それから数か月前から目の運動をやっています。
 次の Youtube の動画を流しながらです。

視力回復したい人以外は見ないでください

聴くだけ簡単!眼球運動 リラックスしながら眼球の動きを向上させよう!


 それに従っての運動です。2つで10分程度。

 効果はあるのかどうかまだ分かりませんが、やらないよりは良いのではないか。結果はまだまだ先でしょう。

漢字学習の力の前提
漢字「栄」の覚え方・・・ツワノ(津和野)は木で、栄えた

に Facebook 友達のひとりから、次のような疑問、ご意見が寄せられました。ありがとうございます。

先日の「栄」の覚え方でイメージとして木が産業で有名な津和野を思い浮かべるというのは、津和野を知っている人なら漢字の「栄」はすでに知っている可能性が高いのではないでしょうか。


 当然といえば当然の疑問ですね。

 さてそれについて僕の考えを書きます。

 僕が作ろうとしている学習書の対象者の中には小学生低学年生も含まれています。

 小学漢字の学習なのですから。

 つまり、津和野について知らない人がいるということです。

 僕はそれで良いと思っています。
 「栄」を学ぶときの前提の力は、「ツ、ワ、木」を知っているというだけです。

 知識として、津和野について知っている必要はない。

 ただ津和野と言うのが出るのですから、それの説明を載せます。未だ学んでいない漢字にはルビをふります。

 

ツワノ(津和野)というのは鳥取県の町の1つ。観光が盛んで、山には木がたくさんある。


 という程度の事を加えれば良いのではないか。もちろんもっとわかりやすいように推敲するつもりですが、町の名前なんだなと思えば
 「ツワノは木で栄えた」
 をそのまま暗記して
 「ツワノ(津和野)と言う町は木で栄えたんだな」と言うぐらいのことがわかれば学習できるのではないか。

 津和野の漢字もその場だけ読めればいいと思います。

 できれば小学生に実際にこの覚え方で覚えさせて反応を見たいところです。

 学習塾を閉めたので、それができないのは残念。

「壽」は「士のフエは一吋」
 漢字の学習書を作っています。部品で漢字を覚えるという方式です。

  例えば、「艹(くさ)が化けると花になる」

 すぐわかりますね。もちろん、艹(草冠)は草の意味だということ、そして漢字「化」も学んでからやります。

 僕はなかなか画期的な方法だと思っています。

 でも妻のKyokoは「『花』なんか、そのまま覚えれば良いじゃない」と言います。

 記憶力の良い人はすぐにでも覚え切れるのでしょうね。僕なんか暗記が苦手だったので、工夫しなければだめ。このような方法なら覚えやすかっただろうと思っています。

 もちろん、記憶力の悪いぼくでも「花」はもう覚えています。だからわざわざ「草が化けると花になる」というのを今更覚える必要はない。

 さて、阿辻哲次著「漢字の成り立ち物語」を読んでいます。


 そこに、次の様なのがありました。

 寿(の旧字体)は、「サムライの笛は一インチ」と覚えよ、と母は教えてくれた。
≪士≫の≪フ・エ≫は≪一≫≪吋(インチ)≫と書くと、結果として「壽」という字になるという次第である



 面白いですね。

「壽」の書き方 - 漢字の正しい書き順(筆順)

 僕は寿の旧字体「壽」は読むことはできても書くことはできませんでした。

 でもこの文を読んだら、すぐに覚えることができました。やはり部品から入ると覚えやすい、ということを自分でも実感しています。

 吋(インチ)は、初めて知りましたが、これは単純なので大丈夫です。

 Kyokoに話すと「面白いね」とは言いましたが、
 彼女はすでに旧字体の壽も書くことができたとのこと。

 結婚式の祝儀袋には、この字が使われているそうです。

 だめだ、こりゃ。
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